世界の○○~記憶に残る異国の一皿~
懐かしいアジアを感じたトルコの「ドルマ」|世界の旅③

懐かしいアジアを感じたトルコの「ドルマ」|世界の旅③

旅行作家の石田ゆうすけさんは、世界一周旅行中にトルコを訪れました。みんな日本人というだけでとても親切にしてくれ、とある農家に止まらせてもらうことに。そこで味わった懐かしいアジアの雰囲気とは――。

本心から好いてくれるトルコ人達

トルコのチャイ(茶)はストレートの紅茶に角砂糖を入れたものだ。ひょうたんのように胴のくびれた小さなグラスに入って出てくる。
自転車で旅をしていると、トルコではこのチャイを毎日のように地元の人からごちそうになった。さらにパンをもらうこともあれば、食事に呼ばれることもある。一体どうなってるの?と時に戸惑うくらい、チャイ屋、民家、ガソリンスタンドなど、あちこちから声がかかるのだ。
お言葉に甘えて出されたものをいただくと、「ジャポン(日本人)?」と彼らは聞いてくる。
「エヴェット(はい)」と答えると、「日本人はいいやつだ」みたいなことを言って握手してくる。慇懃に、そして頷きながら。その様子を見ていると社交辞令でもなんでもなく本心から言ってくれているように思う。トルコの親日は有名だが、とくに田舎ではそれが顕著だった。

彼らの親日感情を語る際に、引き合いに出されるのが、和歌山県沖で遭難したトルコ船の乗員を村人が総出で救助した「エルトゥールル号事件」だ。もっとも、100年以上前のその話を持ち出す人には僕は会わなかったが(でもトルコに詳しい人の話によると多くの人がその話を知っているらしい)、1999年のトルコ西部地震での日本の支援については何度も聞かされた。道のそばに現れた大規模な仮設住宅群に感嘆していると、地元のおじさんたちから「日本が建てたんだ」と静かに讃えられたこともあった。

夕暮れどき、ある村の外れに1軒の農家が現れた。公園のように広大な敷地が広がっている。庭にいたおばさんにジェスチャーと片言のトルコ語で伝えた。
「旅をしている者ですが、敷地の隅でキャンプさせてもらえませんか?」
火は使わないし、トイレもよそに行ってやります、安全のために人がいるところで寝たいんです、という定形の説明を僕がする前から、おばさんは笑顔になり、身振りを交えて「どこでもテント張りな」といったことを言った。

平らな場所を探していると、家のほうから白い口髭をはやしたお爺さんがやってきて言った。
「ジャポン?」
エヴェット、と答えるとにこりともせず、家に来いと手招きした。
玄関に入ると、彼がやるように靴を脱いで家に上がる。足の裏にじゅうたんのやわらかい感触が伝わってきた。この安心感......。そういえば靴下だけはいた足で家の中を歩くのは、日本を出て以来、5年ぶりかもしれない。

居間には高校生ぐらいの青年と、その父親らしき男性がいた。彼らと同じようにあぐらをかいて座り、チャイをすする。
次々に人が訪ねてきた。イスラム教の国ならではだ。挨拶するためだけに互いの家を毎日行き来している。彼らは握手しながらボソボソと長い挨拶を交わす。そのあと白髭の爺さんは客たちに「ジャポンからの旅行者だ」と僕を紹介する。みんな穏やかな目で僕に話しかけてくる。僕は片言のトルコ語とめいっぱいのジェスチャーで答える。トンチンカンな会話になっているに違いないが、彼らの僕を見る目はどこまでも温かい。

そのうち晩飯が出てきた。大きな丸いお盆に複数の丸皿がのったものを男たち4人で囲む。丸皿にはそれぞれ、ひき肉のシチュー、チーズ、ゆで卵、トマト、そしてピーマンの「ドルマ」が盛られていた。ドルマは「詰め物」という意味で、トルコの名物料理だ。みんなにならって手づかみでかぶりつく。煮込まれたピーマンの柔らかい皮から、ピリッと辛い、粒の立った、トマト味のご飯があふれ出してくる。なんとも小気味よい食感だった。

アラスカから旅を始め、北中南米、欧州、アフリカと走り、5年かけてようやくたどり着いたアジアの最初の国がこのトルコだった。各地でたくさんの家に招かれ、食事をご馳走になってきたが、それまでは素材をそのまま煮たり焼いたりといった料理がほとんどで、ものを包むという料理が家で出されたのは初めてかもしれないな、と思った。いや、ドルマだけじゃない。靴を脱いで床にあぐらをかく習慣も、多人数でひとつの皿を囲んで食べるスタイルも、なんだかすべてに深い懐かしさを覚えた。そう、アジアなのだ。

夜がふけたころ、母親が僕を別室に連れていった。そこにはソファの背もたれを倒して作られたベッドがあった。いかにも洗いたてのパリッとした白いシーツがかけられている。お母さんは「ほら、ここで寝なさいな」と言うように、ソファを手でパンパンと叩きながら、大きな黒い瞳で僕に笑いかけた。僕は頭を下げながら何度も「テシュキュレデリム(ありがとう)」と言った。
みんなが寝静まると、森の静けさがあたりを覆った。僕は暗闇の中でひとり、目を開けて天井を見ていた。シーツからは石鹸の香りが漂ってくる。
春のような香りに包まれていると、ぼんやりしていたものがふいに明快な形になって頭に浮かんだ――"親日"の彼らといると、こっちも"親トルコ"になるのだ。
途端に目の前が広がっていくような思いがした。好意を寄せ合うほうが、簡単じゃないか......。
きわめて自然なことのように、そう感じたのである。

文・写真:石田ゆうすけ

石田 ゆうすけ

石田 ゆうすけ (旅行作家&エッセイスト)

赤ちゃんパンダが2年に一度生まれている南紀白浜出身。羊肉とワインと鰯とあんみつと麺全般が好き。著書の自転車世界一周紀行『行かずに死ねるか!』(幻冬舎文庫)は国内外で25万部超え。ほかに世界の食べ物エッセイ『洗面器でヤギごはん』(幻冬舎文庫)など。