その怪魚は、強力な顎によって貝やエビを殻ごと食べつくすのだという。グロテスクだったり、生態が摩訶不思議だったりする怪魚たち。日本にいるまだまだ知られていない美味しい怪魚をご紹介します。
ド迫力である。ぎょろりとした目玉にぶあつい唇。ほほ肉は見事なまでに発達している。大きな口の中をのぞくと上顎と下顎それぞれの前部に凸凹の歯が鋭く尖り、奥の上下の顎には臼歯がきっちりと連なり厚い板状になっている。この臼歯で大好物のホタテなどの貝類やエビなどの甲殻類を殻ごとすりつぶして食べてしまう。
国内では東北の海からオホーツク海までに生息し、北海道で比較的多く漁獲される。アイヌの人たちはこの魚に畏敬の念を抱き、「チップカムイ」(神の魚)と呼んでいた。英名をBering wolffishといい、それを直訳してオオカミウオの和名になった。
オオカミウオはギンポと同じゲンゲ亜目に属する。しかしギンポが全長25cmに対してオオカミウオは全長1mに達する巨大魚だから迫力は桁違いだ。いかにも恐ろしげな魚はえてして深海に潜んでいるものだが、オオカミウオは意外にも深さ50~100mの岩礁域に生息する。日中は岩穴や岩陰に隠れ、夜になるとエサを求めて動き始める。もっとも顔つきとは相違して案外とおとなしい性格なんだそうだ。また体に卵の塊を巻き付けて、孵化するまで敵から守るというけなげさも持っている。
国内での市場価値はきわめて低い。しかし、北米やヨーロッパでは貴重な水産資源のひとつになっている。イギリスの国民食と言えるフィッシュアンドチップスにも利用されていると聞く。なにしろ大好物が貝やエビなので、決してまずい魚ではないのだ。日本でもこの魚の味をほめる漁師さんがいる。特に、よく発達したほほ肉の煮つけは絶好の酒の肴になるという。だが刺身の評価は二つに分かれる。うま味はずっと少ないけれどヒラメに似て美味とほめる人もいれば、臭みがあり生食には向かないと嫌う人もいる。判定が分かれるのはどうやら下処理に原因があるようだ。ごく新鮮なうちに内臓を取り除き、調理の際にはぬめりをよく取り除いて臭みを感じさせないことが求められる。
フィッシュアンドチップスに使われているくらいだから、あっさりした白身は油とよく合う。熱を加えると臭みもあまり感じなくなるし、ふんわりと揚がって上品な風味を楽しめる。クセがないからどんなソースにもよく合うのもいい。
日本全国の漁師町を精力的に取材して50年。漁師料理に関する経験と知識は右に出る者なし。『旬のうまい魚を知る本』『豪快にっぽん漁師料理』など地魚の著書多数。
文:小泉しゃこ イラスト:田渕正敏