「酒を出せない酒場たち」~いつかまた、あの店で呑もう!~
淋しいときに、ふらっと寄れる。いつだって開いてるのが酒場だから──荻窪「煮込みや まる。」「二代目鳥七」

淋しいときに、ふらっと寄れる。いつだって開いてるのが酒場だから──荻窪「煮込みや まる。」「二代目鳥七」

荻窪駅からほど近い「煮込みや まる。」「二代目鳥七」。路地裏に佇む二軒の酒場も、コロナ禍のあおりを大きく受けていた──かつてない苦境に立たされる酒場の人たちは、どのような思いでこの日々を乗り越えてきたのか。さまざまな店への取材を通して、「酒場の良さってなんだろう?」とじっくり考えていくルポルタージュ連載。第四回は、酒場の“場”の大切さについて思いを巡らせます。

いつ終わるともわからない自粛生活を続けること、早1年と5ヶ月。酒の提供停止を要請された酒場の人たちはどうしているのか。酒好きならば誰でも気になる。ふとした拍子に、頭をよぎる。しかしながら、自粛が長引くほどに呑ん兵衛の行動範囲は狭まり、日ごろふらりと立ち寄っていたあの店この店にも、気がつけば長いご無沙汰。そこでdancyuは、行政からの要請への対応に苦慮する酒場を訪ね、酒場の現状をお伝えしようと思い立った。僭越にすぎると承知の上で、来るべき酒場と客の再会までの間の、ほんのひとときの橋渡しを買って出たつもりです。

お酒がなくても、いつものように来てくれるお客さんはいらっしゃるんです

そして、このたび訪れましたのは荻窪駅の南口です。仲通り商店街を入り、コーヒーショップの角に、左へ入る路地がある。駅前の一等地に、まだこんな一角が残っているのか。そんなことを思いながら進むと1階が店舗、2階は住居という懐かしいタイプの建物が見えてきます。そこに、「煮込みや まる。」と「二代目鳥七」という酒場があります。

外観
「煮込みや まる。」(右)は2013年開店。「二代目鳥七」は2015年に開店した。

店名のとおり、「煮込みや まる。」は、煮込みを酒肴の中心に据えた酒場です。塩味のモツ煮、味噌味の牛スジ煮、醤油味の肉豆腐や、湯豆腐など、季節に応じてうまい煮込みを常時3種類ほど用意している。ほかにも、たとえば柿の白和え、わけぎと油揚げのヌタ、ガツポン酢に豚汁などなど、おいしい酒肴で楽しませてくれます。

こちらを切り盛りするのは女将の秋長喜実子さん、常連さんたちから“あっきー”と呼ばれています。あっきーは日本酒にも焼酎にも詳しいし、試飲の機会を逃さず勉強してつまみとの相性も心得ている。だから、ゆっくり腰を落ち着け、3杯、4杯と好きな酒を味わいたい。そんなことを思わせる店なのです。

女性
「煮込みや まる。」店主、“あっきー”こと秋長喜実子さん。

さて、酒を提供できないこの状況。どうしているのでしょうか。伺いましたのは8月14日の午後。店の前まで行ってわかったのは、時短で、しかもノンアルコールで、営業をしていることでした。やっているんですね……。そう、声をかけると、あっきーはにこりと笑って言いました。

「やってるんです。ウチはずっと、要請どおりに(笑)」

さすがだ。これだけで感服した。昨年4月の最初の緊急事態宣言のときから、どうやら、腹は座っていたようなのです。と、いうのも……。

「出産直後だったから、かえってよかったなと。不安はありましたけど、一律の協力金もあって、なんとか暮らせるくらいはいただいていたから、とりあえず流れに合わせてやっていくしかないかなと。逆に、子供といる時間が増えて、それはそれで大事なことでした。8時に終わると、子供たちが寝る時間に間に合うんです。子供たちは喜んでくれました」

店名の入った法被

実はこのとき生まれたのが、3人目。あっきーは現在、4歳、2歳、1歳の男の子のお母さんなのです。その後も、3人の子育てとお店を両立させながら、コロナ禍にも対応してきた。

「10時まで営業できた期間には、お客さんもここぞとばかり飲んでくださいました。その状況が続けばよかったのですが、今年に入ってからまた緊急事態で営業時間が短くなって、4月末からはとうとうお酒が出せなくなってしまって。でもこのときは、酒なし営業でどうなるか、イベント感覚でしたね。お客さんも心配して訪ねてくれましたしね。それから6月に少しお酒を出せる期間があって、また7月から提供禁止。今は、静かに営業を続けています」

注意書き

ここでは、たとえひとりで来ても、あっきーを介していろんな話題に入ったり、そばで聞いたりしている間に、隣り合わせたお客さん同士が親しみを持ち、和む。もちろん、みなさんの手にはいつも好みの酒がある。酒が緊張をほどき、潤滑油になり緩衝材になって、人々は、他愛のない話をしながら「煮込みや まる。」に憩うのだ。そんな、酒場らしい酒場に酒がない。そのとき、お客さんたちはどうするのか、あっきーは何を思うのか。

お酒がなくても、いつものように来てくれるお客さんはいらっしゃるんです。ご飯を食べるのでもなく、1品か2品、好きなおつまみを食べて、ノンアルコールの飲み物を飲んで帰るんです。私自身も、酒なしでどうやったらお客さんを楽しませることができるかといろいろ考えていたんですけど、いつも来ていただける人は、以前と変わらないです。酒類提供禁止はいつまで続くかとか、オリンピックのこととか、話題もいつもと変わらない。ノンアルコールビールもジョッキで出すんですが、お客さんは生ビールって注文する(笑)。まだ肌寒いような時期には、お茶をお燗したこともあります。徳利でつけて、とっとっとっとって(笑)。玄米茶をお猪口に入れて、ああ、熟成酒だあ!って(笑)」

店内の様子
店内の様子
店内の様子
店内の様子
店内の様子
店内の様子

いい話です。筆者もそこにいたかったと思わせる、やさしい、いいお客さんと、店との関係です。あっきーは続けます。

酒場は開いてないとダメなのかな、と思いました。開けてナンボ(笑)。ふらっと立ち寄るのが酒場だから、もちろん酒はあったほうがいいけど、あ、寄りたいなとお客さんが思ったときに開いてないと、ウチに来る習慣がなくなっちゃう。その習慣さえ残れば、今はまったく売上は上がりませんけど、今後、酒を出せるようになったときに、みなさん、ごく普通に戻ってきてもらえるんじゃないかな。1日誰とも顔を合わせていないとか。ひと言も言葉を交わしていないとか。そういう淋しいとき、ふらっと寄れる。それが酒場なのかな。そんなふうに思います」

酒場という言葉の“場”の部分が、今、試されているのかもしれない。

「今日、お客さん、ひとりも来なかったらどうしようって、毎日考えますよ」

これから秋が来て、やがて冬が来る。あっきーのつけた燗酒を味わいながら、抜群の煮込みを、早くつつきたい。予約なんかなくても、ひとりで初めてであっても、入りやすいし、快く迎えてくれる。それが「煮込みや まる。」だ。暖かくておいしい夜を過ごせる日は、もう、そう遠くないはずだ。

店内の様子

早く、焼鳥、やりたいんです

さて、いきなりですが、お隣へ移動をいたします。負けず劣らずシブい構えの「二代目鳥七」という、焼鳥屋さんだ。ここの主は、伊藤健(たける)さん。二代目と店名にありますが、かつてここにあった焼鳥店の血縁とかお弟子さんというわけではなくて、この店舗を譲り受けたため“二代目”としたのです。

そして、驚くべきことなのですが、伊藤さんは、お隣のあっきー、いや、喜実子さんの旦那さん、つまり3人の男の子のお父さんなのです

男性
「二代目鳥七」店主の伊藤健(たける)さん

カウンタ―だけの小さな店。そこを伊藤さんはひとりで切り盛りする。仕入れから、酒肴の仕込み、焼鳥の串打ちなど、ひとりで済ませると、ゆっくりする暇もなく、午後3時に開店するという。明るいうちから冷たいビールでうまい焼鳥……、なんとも、ありがたい店なのです。この路地の常連さんの中には、早い時刻に「二代目鳥七」で飲み始め、夕刻以降に隣の「煮込みや まる。」に河岸を変えるなんて、ぜいたくな方もいらっしゃるそうです。

「お酒の提供ができなくなるまでは、時短で営業していたんですが、提供禁止になってからは休業しています。生ものを仕込みますので、余ると翌日には使えませんから」

店内の様子

どこぞのナニソレ地鶏なんですよ、というような話はないが、こちらで食べさせてくれる焼鳥はうまい。レバーや、ハツ、皮、もも。さらに、注文を受けてから串に巻き付けるようにして成形するつくねは、胸肉を混ぜず、もも肉だけでつくる絶品だ。路地が見える窓の下に据えられた焼き台に向かってしまうと、客はもう、店主の背中なり横顔を見るしかないが、たとえば夕方の4時ごろ、まだ陽の残る外と、薄暗い店内の光量の違いを楽しみながらの燗酒も、格別な味がするものです。

しかし、今は、休業。伊藤さんはどんな身のかわし方をしているのか。

「酒が出せたときには、テレワークの人が増えたからか、早い時間のお客さんは増えたんですが、今やることは、掃除くらいですね。ときどき、店の掃除をしていると、通りかかった近所の常連さんが、元気?って声をかけてくれるんです。ホッとしますね」

店内の様子
店内の様子
店内の様子
店内の様子

お子さんたちは保育園に通っているが、夜は奥さんが「煮込みや まる。」の営業に入る。必然的にお子さんの対応は伊藤さんの仕事だろう。

「以前から、家のことと店のこと、両方ありましたけど、今は店はお休み。暇ですからね、運転免許、とりました(笑)。正直に言って、焼鳥の焼き方忘れるんじゃないかって、思いました。だから、家族でバーベキューをしたときは自分で串を打って、焼きました。腕がなまるからって(笑)」

伊藤さんの口調は穏やかです。不平も言わないし、言葉が感情的になることもない。

「休んでいると、いろいろ考えます。やってみたい一品料理のこととか。でも、焼鳥以外にそれをちゃんとひとりでやり切れるかが、わからない。試しにお客さんに出してみて、感想を聞くこともできないから、実際のオペレーションをどうしたらいいか、やってみないとわからないんです。たとえば揚げ物にしても、焼鳥をやりながら、注文に応じて手は足りているか。そんなことを、よく考えています」

店内の様子

営業できないのだから、こんなときこそ、ゆっくりしよう。そういう考え方もあるでしょう。しかし、伊藤さんも、奥さんのあっきーも、そんなふうには考えない。ただでさえ忙しい3人の子育てをしっかりやりながら、やはり仕事が頭から離れない。それは、「煮込みや まる。」と「二代目鳥七」が、いつ、通常営業に戻っても以前とまるで変わらずに客を楽しませる店であることを、すでにして証明しているのかもしれない。

早く、焼鳥、やりたいんです

言葉数の多くない伊藤さんのひと言は、「今日、お客さん、ひとりもが来なかったらどうしよう」というあっきーの思いとも響き合う。

こういう酒場を守りたいなどと客の立場で言ってはおこがましいけれど、好きな酒場に想いを寄せることは、こんな時代にはとても大事なことのような気もします。

男性と女性
二人揃って記事に登場するのは初めて。ということで、記念にツーショットを。後ろに飾ってあるのは、息子さんが描いた絵!

*「煮込みや まる。」緊急事態宣言中はノンアルコールでの営業(17:00~20:00、土曜は16:00~)。最新の営業状況は「まる。」あっきーさんのTwitterなどで確認を。
*「二代目鳥七」緊急事態宣言中は休業。最新の営業状況は店のFaceBookなどで確認を。

店舗情報店舗情報

煮込みや まる。
  • 【住所】東京都杉並区荻窪5‐29‐6
  • 【電話番号】03‐3398‐8708
  • 【営業時間】17:00~24:00
  • 【定休日】日曜
  • 【アクセス】JR・東京メトロ「荻窪駅」より徒歩3分

店舗情報店舗情報

二代目鳥七
  • 【住所】東京都杉並区荻窪5‐29‐6
  • 【電話番号】050‐5896‐7999
  • 【営業時間】15:00~22:00(L.O.)
  • 【定休日】日曜 祝日
  • 【アクセス】JR・東京メトロ「荻窪駅」より徒歩3分

文:大竹聡 写真:衛藤キヨコ

大竹 聡

大竹 聡 (ライター・作家)

1963年東京の西郊の生まれ。早稲田大学第二文学部卒業後、出版社、広告会社、編集プロダクション勤務を経てフリーに。コアな酒呑みファンを持つ雑誌『酒とつまみ』初代編集長。おもな著書に『最高の日本酒 関東厳選ちどりあし酒蔵めぐり』(双葉社)、『新幹線各駅停車 こだま酒場紀行』(ウェッジ)など多数。近著に『酔っぱらいに贈る言葉』(筑摩書房)が刊行。