下北沢とは思えぬ涼やかな空間で、夏をまるごと味わう──。dancyu2021年9月号「夏は蕎麦。」特集、「楚々として冷かけ」では、ここ数年でバリエーションがグッと広がった、冷かけ蕎麦の世界を紹介しています。そこで! 本誌誌面で取り上げた店の中から、食べ逃せない名物冷かけをもう一品紹介します!
下北沢といえば、若者の街という印象が強いが、こんなにも静かでゆったりと時間が流れる場所があったとは。
駅前の喧騒をすり抜けて10分ほど歩くと、緑に囲まれた光景が現れる。暖簾をくぐり、広々とした店内に入れば着物姿の女将が迎えてくれた。「打心蕎庵(だしんそあん)」と名付けられたこの店。聞けば、下北沢に長く暮らすオーナーが、大人が落ち着いてくつろげる場所をつくりたいと、自宅の庭を改装して13年前に開いたのだという。
ガラス張りの打ち場には割烹着姿の職人が立ち、「常陸秋そば」を定番に、埼玉、千葉、山形と、すべて自家製粉で産地ごとに打ち分けた蕎麦を、温・冷合わせて20種以上のメニューで提供する。
本誌では夏の定番、“梅おろし蕎麦”を紹介しているが、昨年登場した“モロヘイヤと炙り鶏の冷かけ”(8月~9月中旬の限定)も人気だ。
「冷かけのつゆは最後の一滴まで飲み干せるように、4段階に分けてだしをとり、昆布と鰹のバランスを重視しています」と、料理長の北橋悠人さん。黄金色に澄んだつゆを口に含めば鰹の風味がふわっと広がり、細打ちの生粉打ち麺はさらりと喉越しがいい。
食べ進むほどに、かけ汁に浸したモロヘイヤのとろみ、炙った鶏もも肉のうまみ、トマトの酸味、焼いた茄子の風味がつゆに移り、上品でいて食べ応えたっぷり。タンパク質もしっかり摂れて、食欲のない暑い日中も、するすると頼もしく胃におさまるのだった。
文:中岡愛子 写真:土居麻紀子