その怪魚はトラフグに負けず劣らず美味で、揚げ物、焼き物、鍋物なににしても秀逸だという。グロテスクだったり、生態が摩訶不思議だったりする怪魚たち。日本にいるまだまだ知られていない美味しい怪魚をご紹介します。
その昔、猟師が山に入るとき、日干しのオニオコゼを紙に包んでお守りにしたとされる。山奥で道に迷って鬼婆に出会ったときにオニオコゼを投げつけて逃げるためなのだそうだ。その効果がどれほどのものなのかは不明だが、鬼婆も逃げ出すと思われるほどオニオコゼの姿が怪奇なのは事実だ。
とにかくグロテスクである。頭は押しつぶされたような形で、激しくでこぼこしている。口が大きくてその周りに皮弁といわれるヒゲのようなものが生えている。ウロコはなく、皮膚がやわらかくてぶよぶよしている。体色は生息場所で変わるが、黒褐色から赤褐色で暗色のまだら模様がある。大きくても全長25cmほどながら、迫力という点ではどんな魚にも負けていない。さらに、背ビレの棘には毒が含まれ、刺されると激しく痛み腫れあがることもある。うっかりこれに刺された釣り人があたり構わず涙を流して痛がるほどだ。死んでも毒は抜けないのでオニオコゼ料理の際は十分に気を付けたい。
食味は最高だ。白身のおいしさはトラフグに匹敵するといわれるほどだ。刺し網や定置網で漁獲されるが、狙って獲れる魚ではないので水揚げ量が少なく、高級魚として扱われている。白身の魚好きが多い関西では、特に人気がある。春から夏が旬とされるが、冬もまたうまい。鍋料理や吸い物、唐揚げ、塩焼き、煮つけなどに向く。鍋や吸い物では臭みのない良質のだしが出て、逸品料理に仕上がる。唐揚げでは、あの気味わるい頭部も太い中骨も、ポリポリと気持ちよい歯ごたえで食べ尽くせる。塩焼きや煮つけでは身離れのよさとしっとりしたおいしさを楽しめる。
薄造りのくりっくりっとした食感はトラフグに似ている。くせがなくて旨味が強いのもトラフグ同様である。ただし気品という点ではオニオコゼの味が勝っているのではないだろうか。あるいはこの魚の可食部分が少ないため「もっと食べたい」というヒトの欲がそう思わせるのかもしれない。投げつけられた鬼婆も喜んで食べたていたのかもしれない。
日本全国の漁師町を精力的に取材して50年。漁師料理に関する経験と知識は右に出る者なし。『旬のうまい魚を知る本』『豪快にっぽん漁師料理』など地魚の著書多数。
文:小泉しゃこ イラスト:田渕正敏