その怪魚は魚なのに皮膚呼吸ができるという。グロテスクだったり、生態が摩訶不思議だったりする怪魚たち。日本にいるまだまだ知られていない美味しい怪魚をご紹介します。
メジャーな怪魚のひとつ、ムツゴロウの奇怪なフォルムには意味がある。まず、大きくエラの張った顔から突き出たギョロ目は、広い干潟で遠くの天敵を見つけるためのものだ。横一文字に裂けている口は、大きく開けて泥や海水を大量に吸い込むためだ。大きく発達した胸ビレは泥地をはい回るためであり、二つに分かれた背ビレの片方が帆のように大きく張っているのは、愛の告白のためである。5~7月の求愛シーズンになると、オスは背ビレを立てながら大きくジャンプして巣穴にメスを誘う。これがよく知られるムツゴロウの求愛ダンスだ。さらに、この背ビレを広げて愛のライバルに対して威喝もする。
ムツゴロウは国内では九州の有明海と八代湾だけに生息する。よく知られているのは有明海のほうだろう。生活圏は泥の干潟から河口まで。ここに巣穴を掘り、満潮時にはその中にいるが、干潮になると胸ビレを使って這い回り珪藻類を食べる。ムツゴロウが水の少ない干潟でも生きていけるのは、皮膚呼吸ができるからだといわれている。
有明海のムツゴロウを語るときに「ムツ掛け漁」を見逃せない。長い竹竿に結んだ糸の先端にカギ針のような掛け針を結び、これでひっかけて獲る。ムツゴロウは用心深くて俊敏だから、7~8mも離れた場所から竹竿を振る。漁師は干潟で自分の体が沈まないように板状の「潟スキー」にのって滑って移動する。
有明海のムツゴロウ生息地は佐賀県佐賀市の「東よか干潟」と同県鹿島市の「備前鹿島干潟」の2ヶ所だけである。ここにムツゴロウ料理が受け継がれている。甘露煮や味噌汁、鍋など、どれもムツゴロウならではのふんわりとした食感と濃厚な味を堪能できる。しかし王道といえば「かば焼き」だ。頭からかぶりつけばやわらかな歯触りが実に心地よい。タレの甘みと干潟に育った生物ならではの軽妙かつ濃いうま味が見事にマッチングする。ムツゴロウは死ぬと味が落ちるので、かわいそうだがかば焼きは生きたまま焼く。佐賀県鹿島市の道の駅ではムツ掛け漁体験ができるので、生きているムツゴロウ入手に挑戦してみてはいかがだろうか。
日本全国の漁師町を精力的に取材して50年。漁師料理に関する経験と知識は右に出る者なし。『旬のうまい魚を知る本』『豪快にっぽん漁師料理』など地魚の著書多数。
文:小泉しゃこ イラスト:田渕正敏