アナゴを捌くのは難しい。それをやってのける職人の話。豊洲市場の文化団体「銀鱗会」の事務局長である福地享子さんが、2018年11月までdancyu本誌で執筆していた「築地旬ばなし」の転載です。
さっき煮アナゴをつくったばかり。三枚におろしたものを、まずは長いまま、皮目が白くなる程度に熱湯にくぐらせる。白いものは、皮目のヌメリ。これを包丁の背でしごいて落とす。そして適当に切って、醤油、砂糖、みりん、酒の調味料で煮る。ポイントは「ヌメリを落とす作業はていねいに」ぐらい。あとは一般的な煮魚と変わりない。アナゴは煮たてがフンワリ柔らかくておいしい。腕はどうであれ、うちでつくれば、この絶対条件が満たされるんだもん、とお気楽につくっている。
本日のアナゴは、仲卸「宮彦」の小林一明さんに開いてもらった。目方にして300g。煮アナゴに最適なサイズだ。実は私、ちゃんとアナゴが開けない。仲卸の店で働いていたころ、そうとう練習を積んだが、だめだった。河岸のアナゴを開く職人の手には、神が宿っているのかも。私は神に見放されたまんま。
だから、アナゴを開く姿が目にとまると、嫉妬半分、ほれぼれ見てしまう。小林さんの手際もみごとだ。トンと小気味いい音。アナゴの頬に目打ちが打たれ、まな板に固定された。包丁は、背から入れる。腹から入れる方法もあるが、江戸流は背開き。「江戸は武士の町だから、切腹に通じる腹開きはやらない」とよくいうが、真実はべつなところにある、と思う。包丁を入れる回数が、腹開きに比べ、少ないのだ。それだけ仕事が早い。職人とは、合理主義者でもある。
アナゴ開きのむずかしさは、背骨が三角の形をしており、下手なひとがやると、身に骨が残ってしまうのだ。包丁を加減しながら、いや、手がもうそれになれている、といった風に無造作にやってのけるのが職人。そこに私はしびれてしまう。
小林さんがアナゴを開く定位置は、通路に面した一角。後方にアナゴを活かした水槽、「宮彦」と記した木箱は、アナゴを締めるときの作業箱だ。豊洲では消えるであろうアナゴを商う築地伝統のたたずまい。小林さんは、明日も朝3時から、みごとな手際を見せているはずだ。
文:福地享子 写真:平野太呂
※この記事はdancyu2018年7月号に掲載したものです。