削り節専門店「松村」の奥深い鰹節(かつおぶし)のはなし。豊洲市場の文化団体「銀鱗会」の事務局長である福地享子さんが、2018年11月までdancyu本誌で執筆していた「築地旬ばなし」の転載です。
小さな煙突からたちのぼる蒸気が、朝の空に溶けこんでいく。店頭には、削り節が昔ながらの木箱にあふれんばかり。築地市場の海幸橋入口にある鰹節、というか削り節専門店の「松村」にひさしぶりにお邪魔した。
削り節は、荒節という黴付けする前の鰹節を使う。まずは水洗いし、ほどほどに柔らかくするために蒸す。朝の4時ごろから煙突がはきだす蒸気はこのときのものであり、店が景気よく回っている目印でもある。蒸して冷めたら、削り器にかける。花びらのように削り節が舞い落ちる。不格好な茶色の木切れみたいな荒節の姿を思えば、花のひとひらに変わる瞬間は、まるで手品だ。別名「花鰹」とは、よくも名付けたものだ。とまあ、感心しているのは私だけで、なにせ繁忙期で1日1t、そうでない日でも300kgの削り節をつくるのだから、店内はただもう慌ただしい。
削りたてのフワフワは、そのまま店頭に直行だ。店の前、メインにならんだ四つのフワフワは微妙に値段が違う。このさい、ミエ張って高いものを、と考えがちだが、そこは奥の深さというか、値段はあまり左右しない。特上品は鰹だけ、ちょっと安めは宗太鰹が混ぜてある。上品なお吸い物には特上の鰹だろうけど、煮物用にこくのある味を求めるなら宗太鰹のミックスがおすすめ。あくまで使い道による。
そのほか、鰯節に鯖節の削り節、店頭には出してないけど、黴付けした本枯れ節の削り鰹、ちょっと変わったところで、めじ鮪や本枯れ節の粉節もある。粉節なんて、削り節のカスじゃない?と、バカにしてたけど、ちゃんとそれ用につくったものだ。社長の松村茂さんの「飯に、ちょっと醤油たらして混ぜて。これ、酒の締めに最高」という言葉につられて買ってみた。このところ私のお弁当は、醤油たらりの粉節を混ぜたおにぎりがずっと続いている。これがまたおいしいの。
文:福地享子 写真:平野太呂
※この記事はdancyu2017年6月号に掲載したものです。