怪魚の食卓
カニ歩きができないカニ?|怪魚の食卓53

カニ歩きができないカニ?|怪魚の食卓53

その怪魚は、カニ歩きができないばかりか、前進することすら不自由だという。グロテスクだったり、生態が摩訶不思議だったりする怪魚たち。日本にいるまだまだ知られていない美味しい怪魚をご紹介します。

歩くのは不得意だがカニミソが絶品の「アサヒガニ」

アサヒガニは英語で「フロッグクラブ」と呼ばれる。前傾する姿勢がカエルのそれに似ているからだ。形は縦長で甲の前方がやや広くなっており、パソコンのマウスようにゆるやかなふくらみを持っている。この形態はすべてのカニ類の後期幼生に近いため、原始的なカニだといわれる。オレンジ色だが、ゆでるとやや鮮やかな赤色に変わる。

二本のはさみ足は扁平で鎌型。歩脚も平たい。歩きにくいと思われるだろうがその通りで、ほかのカニと違ってカニ歩きができない。それどころか前進も不自由だ。歩脚は後ずさりしながら砂を掻き出して砂地にもぐるための道具に過ぎない。砂地にもぐって複眼だけを出してエサとなる貝類などの小動物を補食する。アサヒガニは水深数10mの砂地でこんな地味な毎日を送っているのだ。

日本では本州中部以南に分布する。温暖性のカニであり中部以北の人にはなじみのないカニだ。鹿児島県や長崎県、高知県でよく水揚げされるが、水揚げ量は多くない。産地によってはカブトガニ、ヨロイガニ、ヘイケガニなどと呼ばれ、色の彩やかさと美味なことで人気があり、祝宴でもよく見かける。多くは塩ゆでで食べられ、蒸し、焼き、鍋料理に利用されることもある。

塩ゆでの食べ方は次の通り。まず足とエラをはずしてから次に甲羅をはがして口をはずす。縦半分に切り分けて何もつけずに食べる。甲羅内の胴には白身がぎっしり詰まっている。白身はほんのりした甘さを持ち、この上品な味わいが南のカニ好きたちを夢中にさせている。カニミソはほかの多くのカニよりも濃厚でコクがある。それでいてしつこさを感じられない。カニミソの中でもトップクラスのおいしさだ。メスは時期によって内子や外子を持つ。これもまた珍味だ。

アサヒガニの塩ゆで
①鍋の水に3%の塩を加えて火にかける。
②沸騰したら甲羅を下にしてアサヒガニを入れる。
③再び沸騰したら火を弱めて15~20分間ゆでる。
アサヒガニの塩ゆで

解説

野村祐三

日本全国の漁師町を精力的に取材して50年。漁師料理に関する経験と知識は右に出る者なし。『旬のうまい魚を知る本』『豪快にっぽん漁師料理』など地魚の著書多数。

文:小泉しゃこ イラスト:田渕正敏