そのウネウネでコリコリな棘皮動物は、絶大な生命力を持つという。グロテスクだったり、生態が摩訶不思議だったりする怪魚たち。日本にいるまだまだ知られていない美味しい怪魚をご紹介します。
ナマコとは、ナマコという名の特定の一種類をさすわけではなく、棘皮(きょくひ)動物ナマコ類の総称である。世界に1100種、日本でも60種以上も生息するとされ、われわれが通常食用にしているのはそのうちのひとつのマナマコである。マナマコはさらに赤褐色の斑紋を持つアカナマコ、暗青緑色から黒色に近いアオナマコ、極端に黒いクロナマコの3種がある。
マナマコは日本各地で見られるが、容姿のグロテスクさはよく知られていることだ。口の周囲には20本の触手が密生している。この触手を巧みに使って口に砂泥を入れ、そこに含まれる藻類などの有機物を食べては反対側の肛門から砂と糞を出す。腹側には管足が3縦隊で密生し、これで海底をはい回ってエサを探す。背には円錐形のいぼのような突起がある……こうなると、エイリアンだ。生命力の強さも尋常ではない。前後二つに切断されても、それぞれ個体になって再生して成長することがあるというのだ。
肉質は硬く弾力があってコリコリとしか表現できないほどの歯ごたえであるが、味はほとんど感じない。ただ海底から立ちのぼるような鮮烈な潮の香り、さらに舌にのせたときの一瞬のつるんとした食感がいい。たまに「これがナマコ?」とびっくりするほどやわらかいナマコ酢に出会うことがある。これは、さばく際にナマコの内側にある筋肉をていねいにこそげとっているからだ。もちろんうまいのだが、正直言うとどこか物足りなさも感じる。ナマコ料理はやっぱりコリコリ感がいい。
ナマコの利用は身だけでない。内臓で作る塩辛「このわた」は酒の肴に絶好だし、生殖巣を乾燥させて作る「くちこ(このこ)」は高級珍味として食通のあいだで人気がある。姿のままゆでてから乾燥させた「いりこ(きんこ)」は高級中華料理に欠かせない。われわれは最初にナマコを食べた人の蛮勇に拍手を送るべきだろう。
日本全国の漁師町を精力的に取材して50年。漁師料理に関する経験と知識は右に出る者なし。『旬のうまい魚を知る本』『豪快にっぽん漁師料理』など地魚の著書多数。
文:小泉しゃこ イラスト:田渕正敏