5月、トマトのオンシーズンが始まります。豊洲市場の文化団体「銀鱗会」の事務局長である福地享子さんが、2018年11月までdancyu本誌で執筆していた「築地旬ばなし」の転載です。
冷凍庫から赤いパックが消えてひさしい。2ヶ月、いや3ヶ月。そろそろ、トマト解禁といきますか。
年中、見かけるトマト。一年を通して築地市場への入荷量を見ると、当然、月々でばらつきがあり、大きな山となるのは5月と8月。5月はフルーツトマト系が多く、現在、ジワリジワリ入荷の山頂途上にあるといっていい。
トマトには、憧れのシーンがある。40年以上も前、タイムライフ社からそれはりっぱな料理書がシリーズで出版され、その一冊「イタリア料理」のなかで発見した。女がひとり、ヒモをからめて小粒のトマトを房にしている。背景の石の壁には、房になったトマトがいっぱいつるされており、日干しにして翌年の収穫時まで使うと説明がついている。対向となるページでは、オリーブの小枝を焚き木にして大鍋いっぱいのトマトが煮えている。若かった私は、トマトとの理想的な付き合い方はかくあるべし、と心に刻み込んだのだった。
数年前から、日干しはムリだけど、大鍋のほうはまねできるようになった。トマトを箱買いする大胆さが、年取ってやっと身についたので。昔はそんな勇気も余裕もなかったし。
ヘタだけ取ったトマトを大鍋に。塩パラリ。あとは蓋して弱火でクツクツやるだけ。そうやっとくだけだから、ほかのことしながら。半分くらいになったら、火を止める。皮は、薄い膜になってはがれているので、箸で取り除く。それだけ。横着なやり方だけど、あの本に忠実に従えばそうなるのだ。
できあがりは、トマトソースの素、かな。パスタに、あるいはカレーやシチューに入れたり、肉や魚のソテーに添えるソースもどきをつくったり。出番はいろいろ。
それよりも大切なことは、チャック付きのパックに入れて、冷凍庫を真っ赤な色で占領させることだ。夢は叶いたり。ま、年取るって、こんないいこともある。
文:福地享子 写真:平野太呂
※この記事はdancyu2015年4月号に掲載したものです。