怪魚の食卓
鍋を壊すほど旨い|怪魚の食卓㊷

鍋を壊すほど旨い|怪魚の食卓㊷

様々な種類が生息するカジカ類のなかでも、姿の厳つさと旨さがピカイチのその怪魚とは?グロテスクだったり、生態が摩訶不思議だったりする怪魚たち。日本にいるまだまだ知られていない美味しい怪魚をご紹介します。

厳つさも旨さもナンバーワンの「トゲカジカ」

姿形が厳ついカジカ類のなかでも、厳めしさと迫力に関してトゲカジカは群を抜いている。頭が大きくて胴は太いが尾部はほっそりというアンバランスさ。えらぶたには4本の棘(きょく)があり、最上部の棘が後方へ突き出ている。それがトゲカジカの名の所以だ。全体的に黄色味のある褐色で、そこに浮かび上がった暗褐色の横帯が少々気色悪い。全長30~50cmのサイズが多いが、大きいものは70cmになり、10kgにも及ぶ。

カジカ類は漁獲量が少なく、多くが産地で消費される。トゲカジカも例外ではない。主産地は北海道で、単にカジカといえばトゲカジカをさし、「鍋壊し」と呼ぶことが多い。鍋料理にすると旨く、箸で鍋底までつついて鍋を壊してしまうほどだからだ。トゲカジカで作る鍋は「カジカ汁」と呼ばれ、石狩鍋や三平汁とともに北海道の代表的な鍋料理として知られる。

産地の「カジカ汁」には肝や胃袋までも利用する。鍋が煮立ってくると馥郁たる香りが立ち上り、これが北海道の人たちを夢中にさせる。味噌ベースの汁をすすれば豊潤かつ複雑な味わいが広がり、骨やヒレをしゅぱしゅぱとしゃぶれば、つかまえどころのない食感のあとに不思議な旨味が溢れてくる。滋味がしみこんだジャガイモなどの根菜類も旨いし、肝を口に含んだものなら、それはもう、官能的な味わいだ。この恍惚感では、確かに鍋を壊してしまうかもしれない。

カジカ汁
①包丁の刃先でトゲカジカのぬめりを取り除き、腹を切り開いて内臓と卵をていねいに取り出す。
②胃袋を逆さ包丁で切り開き、包丁の刃先で内側のぬめりを取り除き、水洗いする。
③肝を食べやすい大きさに切り分け、卵をざっと水洗いする。
④頭を切り落としてかぶと割りにし、片口から包丁を入れて二枚におろしてからぶつ切りにする。
⑤ダイコンとニンジンをいちょう切りにして、皮をむいたジャガイモを2~4等分に切る。
⑥鍋に水と⑤を入れて火にかける。煮たってきたら②③④を加える。
⑦再び煮たってきたらアクを取り除き、各材料が煮えたら味噌を溶き入れて斜め切りにした長ネギを加える。
カジカ汁

解説

野村祐三

日本全国の漁師町を精力的に取材して50年。漁師料理に関する経験と知識は右に出る者なし。『旬のうまい魚を知る本』『豪快にっぽん漁師料理』など地魚の著書多数。

文:小泉しゃこ イラスト:田渕正敏