居酒屋の定番メニューの中でも、家庭でつくるのが難しい料理といえば、「もつ煮込み」でしょう。「とりあえずビールと煮込みね!」なんて気軽に注文しがちですが、とにかく手間と時間がかかる料理なんです。2021年2月号「煮込む。」特集、「東京もつ煮名鑑2021」では都内の酒場を60軒以上食べ歩き、厳選したもつ煮の名店13軒を案内しています。その中から、今回は新宿三丁目にあるもつ煮込み専門店を、本誌に収まりきらなかったエピソードも交えつつご紹介!
“もつ煮込み専門店”と言えば新宿三丁目だ。
昭和の雰囲気を残す「沼田」には煮込みだけで、味噌、醤油、塩という王道の3種に加えて、咖喱(カリー)味や和牛スジのデミグラス煮込みまでずらりと揃う。さしづめ煮込みの満漢全席といった趣だ。
しかも具に応じて、全煮込みの味つけを変える徹底ぶり。ガツ、シロ、テッポウといった豚のもつは風味豊かな味噌味でこっくりとした統一感を出す。
盲腸、丸腸、ギアラ、チレなど濃厚な味わいの牛の内蔵はキレのいい醤油味、他の部位にはない奥行きある食感の牛ほほ肉とセンマイは塩味という具合だ。夢幻の味と食感につい鉢を重ねてしまう。
ゆで時間、加える香味野菜なども、畜種や部位ごとにていねいに水洗いと下ゆでをしてから本番の煮込みに入る。
「ゆでるときに加える香味野菜もタン下はネギだけ、ほほ肉には生姜も加えます。一本一本脂の入り方が違う牛もつなどは、脂の具合を見ながら下処理とゆで方を変えています。正直、仕込みがたいへんで……」と羽牟雄樹総料理長も苦笑い。
下ゆでしたもつは煮汁ごと冷蔵庫に入れ、冷えて固まった脂を徹底的に取り除く。だから風味は濃厚なのに、口当たりは軽快そのもの。極彩色の味わいのもつをつまむ箸が止まらなくなってしまう。
煮込みは仕込みで積み重ねられた手間の分だけ旨くなる。ここは楽しすぎる煮込みのワンダーランドなのだ(ただし客側の目線で見たときに限る)。
文:松浦達也 写真:本野克佳