体液ごと調理されるその怪魚、中央市場ではなかなか出回らないとか。グロテスクだったり、生態が摩訶不思議だったりする怪魚たち。日本にいるまだまだ知られていない美味しい怪魚をご紹介します。
ノロゲンゲはやさしい顔をしている。全長は30cmほどで細長く、淡い褐色を帯びた姿形はなかなか優雅だ。それでも“怪魚”としたい理由は、全身が“ぬるぬるぷるんぷるん”しているからである。ゼラチン質で覆われていて、“ぬるぬるぷるんぷるん”度は尋常ではない。焼き魚にして箸で身をつまむと、20cmものびるほどである。おもしろいと思うか、異様と思うか、なのだが、どうも異様に思われるようで中央市場に出回ることはごく少ない。ほとんど産地で消費されている。
日本海やオホーツク海の水深200mほどの深海に棲息し、沖合底引き網で多く漁獲される。各産地で親しまれていて、地方名は多い。鳥取県では「どぎ」、秋田県では「すがよ」と呼ばれる。「すが」とは氷のことで、氷の魚という意味となる。“ぬるぬる”が氷に見えるからだ。福井県では「みずうお」と呼ばれるのも同様の理由だろう。
ぬめりは取り除くことなく料理される。この“ぬるぬるぷるんぷるん”が独特な食感を生み出し、ゼラチン質に含まれる海水の塩味が天然の調味料になって白身の味わいをぐんと引き立てて、すこぶるうまい。特に吸い物は圧巻である。汁のなかでノロゲンゲは、まるで葛をまとったようである。身を舌にのせて食感を楽しんでいると、弾力のある品のいいうま味があふれてくる。そしてつるんと喉をすべり落ちていく。こんな不思議な食感はほかのどんな魚でも味わえない。
鳥取県岩美町では11月から3月のズワイガニ狙いの底曳網に混獲される。ズワイガニと並び、ノロゲンゲが町の名物のひとつになっていることもうなずける。
日本全国の漁師町を精力的に取材して50年。漁師料理に関する経験と知識は右に出る者なし。『旬のうまい魚を知る本』『豪快にっぽん漁師料理』など地魚の著書多数。
文:小泉しゃこ イラスト:田渕正敏