編集長・植野の食日記~日々こんなものを食べています~
"食の宝庫"岩手の国際ガストロノミー会議で気づいたこと|編集長・植野の食日記2月3日(水)

"食の宝庫"岩手の国際ガストロノミー会議で気づいたこと|編集長・植野の食日記2月3日(水)

知り合いも多い岩手は自然に恵まれた“食材の宝庫”で、行くたびに美味しい感動があります。そんな岩手で開かれた会議に参加して、また新たな気づきがありました。

生産者と料理人の素晴らしい関係性

今はなかなか行けませんが、日本各地に出掛け、その土地の食材や料理に出会ってはいつも驚き、感動しています。

たとえば岩手。dancyuの取材やテレビのロケや知人を訪ねたりと、何度も訪れています。北海道の次に広い面積の岩手県は、西から奥羽山脈、北上盆地、北上高地、そしてリアス式海岸が続く三陸海岸と、多彩な自然環境に恵まれていることもあり、野菜、魚介、肉とまさに食材の宝庫です。

牛
いくら
うに

住田町の越冬キャベツ、白インゲン豆、にんにくなどは力強い味わいが堪らないし、梁川の十軒程度の農家が庭先で育てている“やながわ羊”は驚くほど澄んだ味わい、山形村の単角牛は噛み締めるほどに赤身の旨味が口の中に広がります。八幡平サーモンの脂と身のバランスの良さにも驚くし、洋野町の“うに牧場” (稚ウニを放流した後、海の中に掘った溝に移して育てるものです)で獲れた四年物のキタムラサキウニの味の濃いこと!……。

そして、全国有数のサンマの水揚げを誇るの大船渡(「大船渡市さんま焼き師認定試験」もあります)で、昨年10月に「三陸国際ガストロノミー会議2020」が開催され、僕もトークセッションに参加しました。

国際ガストロノミー会議

この会議は、岩手県内の生産者と国内外の料理人を繋げ、食を中心とした三陸地域の振興を図る「美味(ぅんめ)ぇがすと三陸-Gastronomy SANRIKU-構想」推進プロジェクトの一環として、岩手県が2019年に続いて開催したもの。

地元岩手の「ロレオール」伊藤勝康シェフのほか、函館「レストラン バスク」深谷宏治シェフ、鶴岡「アル・ケッチャーノ」奥田政行シェフ、塩竈「シェ・ヌー」赤間善久シェフ、宇都宮「オトワレストラン」音羽和紀シェフ、東京「レストラン・ラフィナージュ」髙良康之シェフ、「フロリレージュ」、川手寛康シェフ、「ピエール・ガニェール」赤坂洋介シェフ、軽井沢「LA CASA DI Tetsuo Ota」太田哲雄シェフ、京都「瓢亭」髙橋義弘シェフなど錚々たる料理人が集まり、さらにフランスから「ピエール・ガニェール」などのシェフであるピエール・ガニェール氏、ペルーから「アストリッド&ガストン」シェフのガストン・アクリオ氏がオンラインで参加しました。

国際ガストロノミー会議
国際ガストロノミー会議

シェフたちが岩手の産地を訪ねたり、地元の食材を用いた料理での交流会などが行われ、メインとなった三陸国際ガストロノミー会議では、料理人や生産者たちが様々なトークセッションを行いました。多彩な問題提起や意見が交わされたのですが、やはり大きなテーマであり、僕が最も興味を抱いたのは、新型コロナウイルス感染拡大の状況の中で、生産者や料理人はどうすべきか、これからどうしていくのか、といったことでした。

会議の中でも、「休業を余儀なくされた」「食材が出荷できずに余った」と言った声がありました。しかし、そうした状況でも「店は休んだけれど、テイクアウトなども含めスタッフには普段できない“経験”をしてもらった」といった料理人の前向きな姿勢や、「大変な状況だけれど、いろいろな方に支えられて出荷を続けることができた」といった生産者の声が目立ちました。

そこで見えてきたのは、こういう状況だからこそ、普段やっていることや向き合っていること、そして料理人と生産者などの関係性が顕著になるということ。野菜でも肉でも魚介でも、よりよいものを目指す生産者はコロナ禍でもきちんと出荷できる(料理人が使う量を減らしたとしても選んでもらえる)、普段からそうした優れた生産者の食材を使っている料理人は大変な状況でも美味しい料理をつくることができる、それが我々食べ手のファンを増やすことになる――これは今のようなときに限らず、本来の正しい関係性であることを改めて感じました。

そして、そうした関係性が成り立つのは岩手のような素晴らしい産地があり、それに気づく料理人がいてこそ成り立つのです。岩手県が地元でこうした国際会議を開催する意義もそこにあったと思いますし、食の雑誌をつくっている我々も、こうした関係性を築くために少しでも役に立ちたいと思いを新たにしました。

ちなみに、会議や交流会終了後、二次会へと流れ、さらに営業している店が少なくなった夜更に、チェーンの居酒屋で錚々たるシェフたちがコックコート姿で呑み食いしている様子は貴重な風景でした……。

文:植野広生