豊洲市場の文化団体「銀鱗会」の事務局長である福地享子さんが、2018年11月までdancyu本誌で執筆していた「築地旬ばなし」の転載です。毎月、市場でみかける旬な食材をお題に、おいしい旬話をお届けします。
東京にも畑はある。練馬区に住んでいるが、畑を眺めながら散歩もできるし、途中には一昔前なら庄屋様、といった農家も。広い庭には納屋があって、黒土まみれのトラクター。昨日は六本木のミッドタウンでジュエリーにため息をつき、本日は練馬でトラクター鑑賞。これぞ東京暮らしのおもしろさ……、と、都会の古鼠となった今はそうしとこう。
練馬といえば練馬大根だ。栽培がとだえた時期もあったが、今は元気。沢庵で有名だが、煮ても柔らかいし、しっぽ近くは辛味があって、大根おろしにいいんだ、これが。練馬には五代将軍、徳川綱吉の別邸があり、尾張から持ってきた尾張大根の種をそこで育てるうち、練馬大根という品種が誕生したという。
古くからの野菜に、徳川の殿様を出したがるのが東京人のご愛嬌で、小松菜もそう。こちらは、八代将軍吉宗が江戸川区小松川でそのおいしさを知り、小松菜と命名したそうな。上がこうなら大名たちも、江戸の野菜の種を、参勤交代のおりに持ち帰り、自藩で栽培を奨励。元禄時代、北区滝野川で生まれた滝野川ごぼうの血は、国内のごぼう9割に受け継がれている、とちょっと威張っておこう。
今さらそんな昔を……、でなくて、ここ数年、東京は江戸野菜に燃えているのだ。農家に頼んで江戸伝統の野菜を栽培してもらい、市場流通させる、という掘り起こしに。活動の母体「江戸東京野菜普及推進連絡協議会」の事務局は、築地市場の卸会社、東京シティ青果にある。会が認定した江戸野菜は、22種も、だ。それぞれにクリエイティブ心をゆさぶるらしく、品川かぶを使ってクッキー、寺島なすではおまんじゅうも。こうした動きは、町おこしの名でくくられがちだが、根っこにあるのは東京の農家のモチベーションをあげること。スカイツリーのイルミネーションを眺め、土の匂いがする野菜を頬張る。そんな贅沢がこれからも続くように。
文:福地享子 写真:平野太呂
※この記事はdancyu2013年2月号に掲載したものです。