世界最大のそのカニは、カニ歩きだけでなく立って前進する!?グロテスクだったり、生態が摩訶不思議だったりする怪魚たち。日本にいるまだまだ知られていない美味しい怪魚をご紹介します。
タカアシガニは世界最大のカニだ。殻長40cmに達し、足を左右に広げると4メートル近くにもなる。水深200~400メートルの砂泥地に棲息する。海底では立ち上がって前へ向かって歩くという。カニ歩きだけではないのだ。4メートルものカニが前進してくるのだ……恐。
岩手県から九州までの太平洋岸と東シナ海で漁獲され、静岡県沼津市戸田が産地としてよく知られている。ここでは十数隻の底曳網漁の船が9月から5月にタカアシガニ漁へ出漁する。もともとタカアシガニは食用としては人気がなく、ほとんどが地元で消費されていた。ところが戸田のある旅館が試みに大釜でゆでて客に出したところ、もの珍しいこともあって話題を呼び、たちまち名物料理になった。しかし乱獲がたたったのか、水揚げ量が減少傾向となり、今ではほかのカニと同様、高価になっている。
身はやわらかい。水っぽくておいしくないという人もいる。だが産地の人はこう反論する。「それは死にガニをゆでるからだろう。活きガニを調理すれば、ほかのカニ同様にいい味に仕上がるよ」と。確かに、活きているタカアシガニをゆでたり蒸したりしたものは、毛ガニなどに比べると淡泊な味ではあるけれど、品のいいうま味を含んでいる。特に蒸したものはさほど水っぽくなく、しっとりした食感というべきだろう。くせのない甘さも好感が持てる。人によっては嫌うカニ類独特のきつい匂いも少ない。野卑な風味が少しもなく、すっきりとしたおいしさが舌にしみわたる。足の身が殻からスーッとスムーズに抜けるのもうれしい。
活きを蒸したタカアシガニではミソが楽しみだ。そのまま舌にのせてもよいが、熱々のごはんにのせて醤油を少したらして食べれば、このカニらしい醍醐味がズンズン伝わってくる。
日本全国の漁師町を精力的に取材して50年。漁師料理に関する経験と知識は右に出る者なし。『旬のうまい魚を知る本』『豪快にっぽん漁師料理』など地魚の著書多数。
文:小泉しゃこ イラスト:田渕正敏