世界の○○~記憶に残る異国の一皿~
握ったご飯には神が宿る?|世界のおむすび

握ったご飯には神が宿る?|世界のおむすび

2021年2月号では「おむすび」をテーマとしたスポット記事を掲載しています。世界中を旅した石田さんですが、海外には似たものはあれど「おむすび」といえるものには出会ったことがないといいます。旅行作家が考えるおむすびだけが持つ特徴とは――。

実はとっても「スピリチュアル」な食べ物

今月のdancyu本誌にはおむすびにまつわるスポット記事が載っている。記事を読んで初めて知ったのだけれど、「おむすび」の三角の形は、一説には神道と関係があるらしい。尖ったカドに神様が降りてくるんだそうだ。

僕は関西人なので、どうしても反射的に「ほんまかい!」と突っ込んでしまうわけだが、三角のカドに神様を招く例として、「盛り塩」が挙げられているのを同記事で読むに至り、“おむすび神道説”は少しも突飛な話ではないのかもしれないな、と思えた。米は神饌(供物)アイテムでもあることだし。

で、いつものように、この記事から僕の海外での体験、すなわち今回は“おむすび体験”に話を広げようと思うのだが、やはりこう突っ込むしかないのだ。
「あるかああ!」
ないない。さすがにおむすびは海外にはない。ネットで検索すると、パリに日本人経営のおむすび屋ができたとか、日系のコンビニのおにぎりが現地の人にも人気だとか出るけれど、いずれにせよやはり日本食だ。

簡単でおいしく携行に便利。これほど優れた食べ物が、なぜ海外にないのか。
米は思った以上に世界中で食べられていた。アジアはもちろんのこと、アフリカも基本ご飯食だ(トウモロコシ粉原料の主食しかない地域もあったが)。西洋の主食はパンやジャガイモだが、米もよく食べられていた。

なのに、なぜ日本でしかおむすびは発展しなかったのか……やっぱり神道に関係?
いや、ま、普通に考えると、米の問題だろう。日本の米は冷めてもおいしい。
海外の米の多くはイナゴの卵のような長粒種米だ。アフリカは短粒種米だが、アフリカイネという粒の小さな米。どちらも粘り気が少なく、パラパラ崩れるから、おむすびにならない。
とはいえ、西洋でも日本の米のような短粒種米は売られているし、普通に炊けば粘り気は出る。
西洋ではお世話になった人によく日本食をつくってふるまったのだが、彼らは決まってご飯に感心し、「sticky(粘り気がある)」だと言った。何に感心しているのか最初はよくわからなかったのだが、あるとき腑に落ちた。彼らの米炊きを見たときだ。大量の水で米をゆで、米が柔らかくなったらお湯を捨て、出来上がり。
「パスタかよ!」
“研ぎ”も“蒸らし”もない。しゃばしゃばと水っぽく、糠くささも残る。これじゃ短粒種米でもおにぎりは握れないし、握れたところでおいしくない。

中国や台湾には「ファントァン」というご飯を固めた食べ物がある。でもこれは“おかず一体型ご飯”といったもので、ご飯の中には大量のおかずが入り、ご飯も一食分ぐらいある。つくり方も握るというよりは、太巻きのように巻いて固める。また、温かい状態で出され、温かいまま食べる。おむすびか、と言われると、ちょっと違う。
韓国には「チュモクパプ」というおにぎりがあるが、携行のための手段という感じで、好んで食べられていたわけではないようだ。
これらの国々に共通するのは、冷えたご飯は基本避けられるということ。彼らから見れば、日本のおにぎり文化はかなり特殊だろう。
ただ、韓国のチュモクパプは近年、日本のコンビニおにぎりを参考に商品を開発し、コンビニで展開したところ、徐々に人気が出てきたらしい。

好んで、なおかつ、伝統的にご飯を握っているところはないか、と記憶をたどると、僕がまわったなかでは一国だけあった。ラオスだ(ほかにタイや中国の一部の地域でもご飯を握る文化はあるらしい)。
食堂でご飯を頼むと、竹を編んだ一人前の小さな籠に糯米が入って出てくる。客は各々手づかみでご飯を取り、にぎにぎしながら食べる。糯米の甘さがグンと増すのだ。これとおかずを合わせて食べる。

でもまあ共通項は「ご飯を握る」という一点だけで、これとおむすびをつなげるのは少々無理があるか。
無理ついでに言うなら、中国や台湾の粽(ちまき)もちょっと似ている。醤油で甘辛く味付けした肉や椎茸などの具と糯米を竹の皮などでくるんで蒸したり煮たりしたもので、"お握り"ですらないのだが、「三角形に成形された米の塊」という点で共通している。
この"中華粽"は、端午の節句に食べる日本の粽のルーツらしい。中国戦国時代のある人物の命日5月5日に粽を供えたのが始まりで、さらに元をたどれば、粽は水神への捧げものだったとか。

中国でも日本でも、いわばスピリチュアルとつながっていたのだ。これは偶然か、あるいはご飯を固めたものにはあまねく霊的なものが宿るのか。
いずれにしても、この意味を今一度掘り起こし、コンビニおにぎりの大量廃棄問題を問い直すきっかけにするのは意義があるかもしれない。
そう、恵方巻イベントを直前に控えた今はとくに。

文・写真:石田ゆうすけ

石田 ゆうすけ

石田 ゆうすけ (旅行作家&エッセイスト)

赤ちゃんパンダが2年に一度生まれている南紀白浜出身。羊肉とワインと鰯とあんみつと麺全般が好き。著書の自転車世界一周紀行『行かずに死ねるか!』(幻冬舎文庫)は国内外で25万部超え。ほかに世界の食べ物エッセイ『洗面器でヤギごはん』(幻冬舎文庫)など。