いろいろな種類が生息しているカレイのなかでも、そのカレイはとびきり奇怪だという。グロテスクだったり、生態が摩訶不思議だったりする怪魚たち。日本にいるまだまだ知られていない美味しい怪魚をご紹介します。
カレイに属する魚は日本の周辺に40種類もいる。そのなかで、奇怪さでいうと、ババガレイは群を抜いている。眼のある側は暗褐色あるいは赤褐色で、形も数も不明瞭な紋がある。カレイに罪はないが、言わせてもらえばきたならしい。口が著しく小さくて唇は厚い。全体に身が厚くてぼってりとしている。体表の粘液が多く、さらに独特な臭いまで持っている。まるで老婆のようなカレイということで「ババガレイ」という名がついた。女性に対して極めて失礼な名である。
東京や東北では「ナメタ」あるいは「ナメタガレイ」と呼ばれる。体表の粘液がなめたあとのヨダレに似ているからだ。これもなかなかの名だが、そのほか「ブタガレイ」「アワフキ」などというのもあってひどい呼ばれようである。
宮城県の浜の人たちはこの「ババガレイ」を「ナメタ」と呼び、好んで食べる。食卓にのぼる頻度は並大抵ではなく、正月の膳にはかならずこの煮つけを並べるという律儀さだ。だからこの土地では年の暮れになるとババガレイの価格が急騰し、浜の人たちも手に入らないことがあるという。そして産地の漁師たちは「青臭い味になってくるからナメタは3月まで」と言い切る。また大型ほど脂がのって美味とされる。
大型は煮つけにすると絶品だ。脂分をたっぷり含んでいるのに少しもしつこさを感じない。さすがに白身魚を代表するカレイの仲間である。身離れがよくてしっとりとした舌ざわりもカレイならでは。エンガワのヒョロヒョロした歯ざわりと旨味が絶妙だ。真子はもちろん白子も美味。好みによるが、やや濃いめに甘く煮つけるほうが旨味をより感じる。この煮つけは冷めても身がキュッと締まってうまいから、わざわざ冷ましてから味わう魚好きもいる。
日本全国の漁師町を精力的に取材して50年。漁師料理に関する経験と知識は右に出る者なし。『旬のうまい魚を知る本』『豪快にっぽん漁師料理』など地魚の著書多数。
文:小泉しゃこ イラスト:田渕正敏