料理人やスタッフの元気の源まかない。東京・浅草にあるフレンチ「オマージュ」のまかないは、責任を持って料理をすることを学ぶための、スタッフの研修の場でした。まかないの調理場を覗き見してみましょう。
「オマージュ」と、その裏にある姉妹店「ノウラ」。2つの店で働くスタッフは15名ほど。まかないは、先の予定を見つつ、誰がいつ担当するかを決め、予算の中で自由度の高いものを作っている。そして、ランチ営業が終わるとノウラの広いダイニングでまかないを食べる。
この日のまかない担当は、オマージュで働く5年目の井澤大志さんだ。15人分、1.5kgの合挽肉を取り出した。メニューは、豆乳のスープの担々うどん。まずは肉味噌作りから。大きくて平らな鍋に、茶色い調味料をたっぷりと入れた。
「これは、ラー油の底に沈んだ部分です。中華料理で修業していた研修生が、本格的なラー油をつくって置いていってくれたので、そのラー油の上澄みを取り除いた下の部分。唐辛子をはじめ、中華のスパイスがぎっしり詰まっています」
他ジャンルの研修生が来るところは、さすがはミシュラン2つ星レストランだ。
鍋には、この調味料を皮切りに、白味噌や甜麺醤、みじん切りの玉ねぎや生姜、酒や醤油などが次々と炒めながら入れられていく。そして先ほどの挽肉を加え、ラー油の上澄み、水溶き片栗粉を入れたら肉味噌の完成。器に、うどんやあらかじめ作っておいた豆乳スープ、そしてこの肉味噌を入れ、パクチーと炒ったピーナッツを盛りつける。横には、オリーブを混ぜたご飯がついている。
「ダブル炭水化物は、まかないではよくあることなんです。自分がこの店に来て、初めて“パスタとご飯”なんて組み合わせを出された時はびっくりしました。食べた直後は、腹いっぱいになります。でもこれが、夜の営業後半に効いてくる。このおかげで最後の踏ん張りができている」
とは実感のこもった言葉だ。
ランチもディナーもやっている2つの店の厨房は、とにかく忙しい。最近はコロナの影響もあり、全員が揃って食べることはなく、作業の終わった人から4、5人ずつ食べることが多いという。荒井昇シェフはそこにいないことが多いとか?
「僕がいても、みんなに緊張を強いるだけでしょう。まかないの時くらいは席を外して。僕はダイエットでひっそりサラダを食べています」
と笑う。でも、こうも続ける。
「最初から最後まで、一食分を責任持って調理するということは、普段の仕事ではできないこと。だからこそ、まかないには、段取り、塩の決め方と大切なことが凝縮されています。時間にも環境にも材料にも制限のある中で“美味しい”というところにたどり着かせなければならないんです。味見をすると、スタッフの成長は見えますね」
20年前に26歳でシェフとして独立した荒井シェフのまかないの思い出といえば、フランス修業時代に遡る。
「冬のある日、さあ、これからまかないだよとなったら、スタッフの一人が、暖炉で燃えている木を一本、取り出したんです。炎を消して横たえた上に、グリル台をのせて肉を焼き始めた。そのシーンだけでも衝撃ですし、煙を纏った肉がまた美味しかった。瞬間燻製ってこういうことか、なんて思いながら食べていましたね」。
担々うどんを食べる「オマージュ」と「ノウラ」のスタッフに、そんな思い出に残る美味しさはあるかとたずねたら、最近、「ノウラ」の松本義夫シェフが作ったハンバーガーがすこぶる美味だったとみんな口を揃える。バンズから手作りで、ジューシーなハンバーグもたまらなかったのだとか。
追われるように忙しい時間の中でも、まかないの記憶はしっかりと刻まれている。
文:浅妻千映子 写真:青谷慶