レストランを代表するメニュー、スペシャリテ。東京・浅草にあるフレンチ「オマージュ」には、荒井シェフの愛の一皿がありました。スペシャリテに隠された、料理人の想いと誕生の秘密を聞いてきました。
生まれ育った浅草の地に、26歳という若さで自分の店を持った荒井昇シェフ。20年の店の歴史の中で生まれたいくつかのスペシャリテがあるが、一年半ほど前、自信を持って新たなスペシャリテと言える料理が完成した。「村越シャモロックのブイヨン」だ。見た目は至ってシンプル。金色に輝くスープに、ラビオリ状の具が3つ入っている。
「“究極のスープ”って何だろう、とずっと考え続けていたんです。フレンチだと答えはコンソメと出るところ。でも、本当にそうだろうか。自分にとっては、コンソメの素材である玉ねぎやにんじんなど香味野菜の風味が雑味に感じてしまう。もっとクリアなスープがあるのではと、頭の片隅で常に答えを探していたんです」
と荒井シェフ。
大きな宿題を抱えたような状態で、何年も過ごしていたという。ヒントとなったのは、香港に行って本場の上湯(シャンタン)を味わったことだ。水炊きの美味しさを改めて感じたことも大きかったという。徐々に自分の答えが見えかけてきたタイミングで、村越のシャモロックという、育て方も味も納得できる鶏と出会った。
「これだ、と思いましたね。シャモロックを使ったシンプルなスープ。明確に完成した味が思い浮かびました。でも、シャモを長時間煮込んだだけでは、イメージ通りの綺麗な味にはならないんですよ」
最終的にたどり着いたのは、煮ない調理法。まず、シャモの皮をとる。解体して骨と身だけにしたら、ミネラルウォーターと一緒に鍋に入れ、そのままオーブンに入れること約9時間。蒸したような状態にするのだ。それを濾す。鶏が動かない状態を保つことで、アクもまったく出ない、少しの濁りもないスープがとれるという。
だが、鶏も自然のものだ。毎回まったく同じ味とはならない。煮詰めたり、塩味を調整したりすることで、毎回安定した美味しさに持っていくことは、一皿の料理として完成させる上で大切なポイントとなる。
「料理は自分一人でやるわけではないので、この辺りの勘所を若手にも伝えないといけない。スープと、中に入れるシャモミンチのラビオリとの味のバランスがまた難しいんです。この一皿を完成させることは、若手にはいい勉強になったと思います。スープは必ず自分が味見します。感覚だけに頼るのは危険だと思っているので、塩分濃度計で測ることもしていて、最後まで心地よく飲める、控えめの塩味になっています」
口にすると、その通り。塩味を感じるのではなく、滋味深く、優しい鶏の風味。正直いうと、フランス料理というより中華に近い。
「フランス料理って、そもそもどんどん進化する料理だと思っているんです。そう捉えると、こういう味もあっていいんじゃないかと」
とシェフ。そして言うのだ。
「スープというのは、小さな子どもから、食が細くなってしまったお年寄りまで美味しく食べてもらえるもの。実際に、このスープを召し上がったそんな人たちの姿を見ながら、スペシャリテとして大切にしていきたいと強く思うんです」
この一品は、長年の宿題の答えであると同時に、シェフの食べ手に対する愛の表現でもあった。
文:浅妻千映子 写真:青谷慶