レストランを代表するメニュー、スペシャリテ。東京・新井薬師前にあるスパイシー飲み屋「マロロガバワン」には、ジューシーでお酒にぴったりのタンドリーチキンがありました。スペシャリテに隠された、料理人の想いと誕生の秘密を聞いてきました。
ここ数年、カレーとタンドリーチキンだけでない、今まで知られていなかった現代的で洗練されたインド料理を出す店が増えている。
約1年前にオープンしたこの「マロロガバワン」もそうだ。ちょっとしたつまみや料理のどれもが期待を遥かに超えておいしく、味には幅があり、軽やかで少しも飽きのこない料理の数々。ほんのりスパイスの効いた野菜のマリネやアチャール、ゴア地方の酸っぱ辛いソーセージ、ヨーグルトのお粥みたいなカードライス……。
「うちの店には、カレーやタンドリーチキンでなく“少し変わった料理”を目指してくる人が多いんです」と、店主の礒邊和敬さん。それはもちろん嬉しいだろう。でも、店のスペシャリテはあえて「タンドリーチキン」。
「日本のインド料理店には昔から定番であるメニューです。うちの店に来て、わざわざこれを食べなくてもいい、と思う人もいるかもしれないけれど、何気なく食べた時に、“おっ!ここのタンドリーチキンおいしい”って思ってもらいたい。絶対にやり続けたいメニューです」
店はランチも営業しているが、タンドリーチキンを出すのは夜だけ。理由は明確。焼くのに30分かかるからだ。
「ちゃんと生の肉から焼いて、できたてを食べてもらいたいんです。つくり置きしたくないからランチは難しい。夜なら、飲んでつまんでいる間に焼きあがるので」。
タンドリーチキンでまず大切なのは、下味だ。鶏を半割りし、さらにモモとムネに分けたら、生姜やニンニク、チリパウダーなどに一晩漬ける。そのあとはヨーグルトとスパイスで丸一日。スパイスの一つ、アムチャールというマンゴーパウダーは、酵素の力で肉に柔らかさを出してくれるが、とても強い酸味があり量の加減が難しいのだとか。
焼く時は、シークというタンドール用の串に骨の部分を刺す。熱くなったタンドールの中で、まずは10分焼いて取り出す。そうしたら、今まで何もささっていなかったシークの位置に肉をずらす。つまり、串が熱々の部分に肉をずらすのだ。こうすることで、内側からも熱を入れるという。シークがある程度冷めたら、一旦肉を外して半分に切り、またシークに刺して焼き上げる。仕上げにギーを塗って風味と光沢を出したら皿の上に。
口にすると、引き締まった胸肉もパサつかずにみずみずしい。もも肉は旨味ものって、さらに美味である。辛みは強くなく、食欲を刺激するスパイシーさと、心地よい酸味も感じる。素直においしいと思う、味と食感だ。
「インドの人は、もっと火を入れた締まった食感を好みます。多分、火が通っていないことを心配するのだと思います。うちでは柔らかくジューシーに仕上げるので、食感に関しては、日本人好みというか、日本風かもしれませんね」
インドを愛し、16年間インド料理を作り続けてきた礒邊さんのスペシャリテ。バル風の店内で、こんなにも気軽に味わえることがありがたい。
文:浅妻千映子 写真:青谷慶