世界の○○~記憶に残る異国の一皿~
極上の「旨い」に出会えた台湾美味旅行|世界のおいしい店⑤

極上の「旨い」に出会えた台湾美味旅行|世界のおいしい店⑤

2020年12月号の第一特集は「おいしい店100」です。食べ物がおいしい旅行先としてよくあげられる「台湾」。石田さんは自転車世界一周旅では訪れなかったので、改めて「おいしいものを食べる」というテーマで台湾に向かいました。そこで体験した「地獄」と「天国」とは――。

サイクリングウェアで乗り込む高級店

"個人的世界一"をつづった拙著『いちばん危険なトイレといちばんの星空』に、「メシが旨い国トップ3はメキシコ、ベトナム、中国だ」と書いたら、世界中を旅した友人のTが「何抜かす、一番は台湾だ」と言う。さらに「食べもののおいしさを10で表すと、上海は5から8だけど、台湾は7から12だ」とも言う。10で表していないがな、というツッコミも忘れて僕は悶々とした。台湾にはまだ行ったことがなかったのだ。よし。自転車で走りにいこう。

なぜ毎回自転車で旅するかというと、第一に好きだからだが、第二に移動手段として優れているからだ。電車やバスの旅だと、移動の道中より着いた場所がメインになる"点の旅"になるが、自転車移動だと"線の旅"になる。移動中もずっと観光や探索ができる。スピードもちょうどいい。たくさんの発見がある。バイクだと道端に咲く花は見えない。においもわからない。
歩きだと台湾でも大きすぎる。自転車と比べると爽快さにも欠ける(と僕は思う)。
そしてなんといっても食べ歩きにもってこいなのだ。自転車を1日こぐと異常に腹が減る。料理がますますおいしくなるうえに、どれだけ食べても気にならない。自転車でカロリーと塩分を消費するからだ。

そんなわけで台湾を2回に分け、都合1ヵ月走り、台湾一の感動メシを探すというテーマでさんざん食べまくった。
この台湾の旅も本になっており、"個人的"台湾一の感動メシは新竹市の「黒猫包」の肉まんだ!とそこには書いたのだが、この店はお持ち帰り専門のため、今回の拙稿のテーマ「おいしい店」に挙げるのはちょっと違う気がする。

旅先で食べるものはとくにコスパが気になるが、値段という要素を一切排除して、ただただ「おいしい店」を、僕がやった台湾旅の中から選ぶとしたら、台北の「真的好」になるだろうか。店名からしてすごい。「マジ旨い」だ。ある作詞家から「マジ旨いから行ってこい」と言われた店である。
その作詞家は数々のスマッシュヒットを飛ばす売れっ子なのだが、セレブを気取っておらず、庶民的な感覚を持ち合わせ、真に旨いものを知っている。バランスのいい彼女が強く勧めてくれたのだ。期待しつつ行ってみると、店の外観を見てひるんでしまった。まるで芸能人ご用達の会員制クラブだ。でも自転車旅行で行く僕に彼女がセレブな店を紹介するはずがない、立派なのは外観だけだろう、中華圏ではよくあることだ、そう思って中に入ってみると、脂汗が出た。ドレスコードがありそうな豪奢な店内で、実際、客はみんないかにも選ばれしピーポー、おまけにすべての席が大人数用の円卓だ。サイクリングウェアを着たひとり客の僕なんかは追い出されるに違いない、いやむしろ追い出してくれ、そう思っていると、給仕が慇懃な所作で僕を巨大円卓に案内した。座ると、同じ円卓の対面の椅子が湖の対岸のように遠くに見え、高級フレンチの席に座る寅さんのシーンが脳裏をよぎった。

分厚いメニューにはコースばかり載っていた。日本円で下は約5000円から上は約2万円まで。店構えからすれば妥当だろうが、一食200円ぐらいで済む台湾を1ヵ月旅して、その物価になじんでいた身にはドン引きの値段だった。
アラカルトはないか聞いてみると、別のメニューを持ってきてくれた。1品1000円前後の料理が並んでいる。
何皿か頼んで待っていると、頼んでいないシジミの醤油漬けが来た。ぼったくりバー方式か?と身構えると、サービスだという。小さな日本の国旗まで卓上に立ててくれた。からかわれているのか?(もちろんサービスです)

シジミの醤油漬けは台湾ではポピュラーな料理で、何度も食べてきたが、この店のシジミはこれまで見たことがないくらい大粒で肉厚だった。やはり素材が違うのだ。味付けも違う。醤油の角が取れて、とてもマイルド。シジミの甘味が存分に引き出されている。この庶民的な料理がここまで上品になるなんて。

頼んだ料理も次々にやってきた。ハタの清蒸に、ホッキ貝の清蒸(好きなんです、清蒸)、どれも澄みきって精緻、なんてきれいな味だろう。どんどんテンションが上がっていき、最後にクルマエビのグラタンを食べたら、体が浮き上がるような心地になった。ふわふわしたクリームとエビの甘味のハーモニー。まるでケーキだ。旨いなんてもんじゃない。どれだけ旨いかというと、高級店で僕だけサイクリングウェアを着て8人掛けの円卓にぽつんとひとり、という生き地獄の状況もすっかり忘れて、味に"全集中"できるぐらいなのでした。

文・写真:石田ゆうすけ

石田 ゆうすけ

石田 ゆうすけ (旅行作家&エッセイスト)

赤ちゃんパンダが2年に一度生まれている南紀白浜出身。羊肉とワインと鰯とあんみつと麺全般が好き。著書の自転車世界一周紀行『行かずに死ねるか!』(幻冬舎文庫)は国内外で25万部超え。ほかに世界の食べ物エッセイ『洗面器でヤギごはん』(幻冬舎文庫)など。