料理人やスタッフの元気の源まかない。東京・大森町にある蕎麦屋「もりいろ」のまかないは、お店で出しているつまみを美味しく食べるレシピでした。まかないの調理場を覗き見します。
もう長いことメニューに載っている、「もりいろ」の人気の品のひとつに「クレソンのポテトサラダ」がある。自家製ベーコンをカリカリに炒め、フライパンの火を止める。ベーコンから出た油でさっとクレソンを和えたら、蒸したジャガイモと卵黄、塩を加えて混ぜて出来上がり。
マヨネーズを使わないのが特徴で、酢が入らないので酸味はないが、そのアクセントの代わりとなるのがクレソンの苦味。皿に盛ったらオリーブオイルを垂らして客の前へ。まったりと平坦になりがちなポテトサラダが、クレソンとオリーブオイルによって立体感のある味わいとなっている。全体的にはあっさり味で、軽やかに食べられるポテトサラダだ。
「そのポテトサラダが余った時、まかないで作るのがこのコロッケなんです」
と店主の土屋匡史さん。
出来上がったポテトサラダさえあれば、難しいことはないという。俵型に丸めたら、通常のコロッケ同様、小麦粉、卵液、パン粉と順番につけ、まかない用として使っている小ぶりの中華鍋に油を熱して揚げている。
「コツとしては、丸める時に空気を抜くこと、それから卵液には少し水を混ぜること。このほうがポテトサラダにしっかり卵液が馴染むんです」
油の温度をみるときに、少量の小麦粉やパン粉を入れてその散り具合を見る人は多いと思うが、土屋さんは、営業で使う天ぷら粉を用いる。
「こっちの方が使い慣れているので、温度がすぐ分かるんです」
ちょっと沈んでパッと散るくらいが適温の170℃だ。
コロッケと白いご飯が今日のまかない。大抵は土屋さんが作り、手伝いのスタッフと2人で昼の営業後に食べる。小さな蕎麦をつけることもある。
「スタッフが“蕎麦打ちの練習をしたい”というときは、練習を兼ねて打ってもらい、それを食べます。パスタなんかもよく作りますね。今の時期、牡蠣のペーストを作っているのですが、その時に出る牡蠣の切れ端や、おひたしのきのこなどを具にして、和風味に。これがなかなか美味しいんです」
かつての修業先、大所帯の「小松庵」にいた頃は、特に最初の1、2年、みんなのまかないをつくることが多かったと懐かしむ。土屋さんは大学卒業後に「小松庵」に入ったので、同期のほとんどは4歳下。同い年の人は4年先輩ということになる。
「歳なんて関係ない世界です。でも、同期も先輩にも、みんなによくしてもらったと思います。食べ盛りの十数人分のまかないですから、すごい量になりますね。作るのは結構大変です。決められた予算をやりくりしてやっていたのを思い出すなあ。煮物用の二番だしが余るので、それを使ってカレー蕎麦を作ったり、麻婆豆腐のような中華にも挑戦したりしていましたね」
大勢でガヤガヤ食べるまかないも楽しいが、今は、予約客のことや蕎麦のことなどを話しながら、スタッフと二人、静かに食べている。そんな安定した空気が、落ち着いた居心地のいい店内を作っているような気がする。
文:浅妻千映子 写真:青谷慶