レストランを代表するメニュー、スペシャリテ。東京・大森町にある蕎麦屋「もりいろ」には、店主の土屋匡史さんのテロワールを感じる蕎麦がありました。スペシャリテに隠された、料理人の想いと誕生の秘密を聞いてきました。
蕎麦屋のスペシャリテといえば、もちろん蕎麦だ。そんな中で、産地を変えた二種の蕎麦が出てくる「二種もり」がこの店では人気である。使う蕎麦粉は、年間で20種類以上。そこから2種類が選ばれている。今日は埼玉県三芳町と、北海道鹿追町のものだ。
「店が休みの日には蕎麦の産地を訪れて、生産者と直接話したり、作業を手伝ったりしています。使っているのは、そうした顔を合わせた人のもののばかり。収穫した蕎麦の実を直接送ってもらっているんです」
そう語るのは、店主の土屋匡史さん。
店の2階には、蕎麦を実のまま保管する大きな冷蔵庫と、蕎麦粉を挽く機械が置かれている。自分でこまめに製粉し、毎朝、いや多い時には午後にも蕎麦を打っている。
先ほど打ったばかりという、今日の2種類の蕎麦について聞いてみると、
「蕎麦は、痩せた土地がいいなんていいますが、この埼玉県三芳町の蕎麦はその正反対。肥料もあげて、リッチに近代的に育てている。結果、めちゃくちゃ美味しいのが出来上がっているんです。蕎麦を打つ時はいつも、その土地に思いを馳せますね。訪れた時に会った生産者のこと、町の様子や気候。この蕎麦は、細かめに粉を挽き、現代的で洗練された爽やかなイメージとともに打ちました。一方の北海道鹿追町は、もっと朴訥で、荒々しい。粗めに粉を挽き、若干太めにして、蕎麦の実をかじっているような素朴さをイメージして打っています。食べ比べると、全く違う印象を持っていただけると思います」
と話してくれた。
実際に埼玉県三芳町のものは、運ばれてきた瞬間から蕎麦の香りが華やかに広がる。口にするとすこぶる甘く、喉越しは軽やかだ。一方の北海道鹿追町のものは、三好町のものよりは太いが、いわゆる田舎蕎麦のように太くて色が濃いわけではなく、喉越しもいい。だが、なぜかしっかり噛みたくなる。噛めば噛むほど蕎麦の味がじんわりと出て、その香りで口中がいっぱいになる。
スペシャリテである二種の蕎麦を食べると、産地のニュアンスだけでなく、それを表現する土屋さんの人柄も伝わってくるようだ。
さて、この店のメニューを開くと、「生ハム」「ペースト」「オイル漬け」という、どこか洋を感じさせる料理名が目を引く。実は土屋さん、この店を始める前、9年間の蕎麦店での修業以外に、小さなフランス料理店に2年いて料理を学んだのだとか。
「2年でできることは限られていると思ったので、自分の興味のあったコンフィと煮込み料理を重点的に教えてもらったんです。それをアレンジしてメニューに載せ、店のカラーを出しています」とのこと。
客からのリピート率が高く、メニューから外せなくなったものに「レバーのオイル漬け」がある。レバーのコンフィだ。フランス料理店での手法はそのままに、下味のニンニクやタイムをレシピから外し、代わりに店で使っている「かえし」を使って、醤油ベースの和風味に。これが絶品。卵焼きも板わさもいいが、この店に来たら、蕎麦前の一品に必ずこれも注文したい。
文:浅妻千映子 写真:青谷慶