昼も夜も、大満足のとんかつ定食を楽しめる銀座の良心のようなとんかつ屋がある……。午後に備えるランチタイムに、仕事上がりの労いに、いいことがあったときのご褒美に。旨いとんかつ店を知っていれば、人生は最高になる。
硬めに炊いた茨城産コシヒカリ、芯から温まる酒粕入りの豚汁、山盛りキャベツに揚げたての厚切りとんかつ。さて、今日は何から食べよう。
主食から副菜まですべてが行き届いた「にし邑」の定食は、昼夜変わらぬ価格と、夜になれば晩酌もできる使い勝手のよさで、銀座で働く大勢の心と胃袋を鷲掴みにしてきた。
「父が会社員だった頃、おかずはおいしいのにご飯や味噌汁が残念だなと思う定食が多かったそうで、“この二つが旨ければお客さんは来てくれる”と一念発起して始めたのがこの店」と、二代目で夜営業を担当する西村真一さん。「だからうちの店の主役はご飯と豚汁。とんかつは副菜なんですよ」。
その言葉が冗談なのは、食べてみればわかる。余計な筋切りをせずに脂と肉の旨味を残し、生パン粉とサラダ油で揚げるとんかつは、揚げ物というより余熱で火を通したローストポークのようなジューシーさ。昼間に父・義郎さんが揚げるしっかり火入れされたものも美味だが、夜だけのこのレアバージョン、通称”ピンクのカツ”も見事。同じ肉、油、衣を使いながら、全く異なるとんかつを目指す父子だが、「自分が旨いと思ったものしか出せない」という思いは共通している。昼もいいし夜もいい。なんて幸せな店だろう。
文:白井いち恵 写真:長谷川潤
※この記事の内容はdancyu2018年10月号に掲載したものです。