神奈川県・藤沢にある「茶馬燕(ちゃーまーえん)」では中国の貴州や少数民族の発酵料理の技法を駆使して、他にはない味わいが楽しめます。
トマトが旨味を広げながら、一筋縄ではいかぬ熟れた酸味を滲ませ、目を覚まさせる。そこへ貴州特産の木姜油(ムージャンユ)が、レモンに似た爽やかな香りを放ち、ナマズはぬるんと口に滑り込んで、品のある甘さを広げていく。
危険な鍋である。厨房で数日間発酵させたトマトは酸味が熟れて複雑さを増し、たくましくなって野菜やナマズの味を妖艶にする。食べるほどに、抜け出せなくなる。今までのトマト鍋にはない怪しさに、虜となる。
中村秀行シェフは、酸湯魚の故郷・貴州や少数民族の発酵料理を駆使する。彼の仕込む自家発酵の味わいは、「発酵」と聞いて想像しがちなクセのあるにおいや、舌を突く酸味といった強烈な個性とは、一線を画す。
むろんどの皿も、個性は強い。だがこの鍋も、強烈な酸味を感じさせながら、淡いナマズの滋味を伝えてくる。乳酸発酵させた白菜は海老の甘味を膨らませ、貴州納豆の淡い納豆臭と大豆の甘さは万願寺唐辛子の風味を鮮やかにし、フグ卵巣の凛々しい塩気は豆腐の優しさを引き立てる。そうして気づく。発酵によって丸く、かつ深みを増した酸味と旨味という個性は、ともに調理されることによって寛容力となり、食材をより生かすのだということを。
文:マッキー牧元 写真:加藤新作
※この記事の内容はdancyu2019年11月号に掲載したものです。