新宿西口の「鳥扇」は焼鳥一筋30年の店主が営む店です。その折り紙付きの味を楽しみながら、大人が寛げる空間です。
新宿の西口。「鳥扇(とりせん)」があるのは、新宿の、雑踏を大鍋で煮込んでいるようなエリア(少々苦行)からは少し外れたところだ。
粋な格子戸を開けると、わずかに甲高い朴訥な感じの声で「いらっしゃい」と出迎えられる。「うん、いいな」。町の焼鳥屋は暖簾をくぐったときの、この感覚が存外大事である。店主の挨拶の気持ち良さは、焼鳥の出来と不可分なのだ(と思っているし、だいたい当たってきた)。
声の主は、店主の豊田進さん。名前に四角が多い。すごく真面目な感じ。で、仕事ぶりは真面目で朗らか。
毎夜、銘柄鶏3種の食べ比べができる。その夜の顔ぶれは、讃岐コーチン、媛っこ地鶏、甲斐路軍鶏。
カウンターで一杯やって待つ。豊田さんの包丁がまな板の上を躍り、その手際に見惚れる。銘柄鶏ごとに三つの部位を刺した串が3本、炭火の上へ。
満を持して銘柄鶏3本が登場、見事な焼き加減にしばし瞠目する。薄明かりを透かした和紙のような乳白色の肉に焼き目がつき、表面は、湧き水があふれるかのように、煌めく。ガブ!
1本目で「は!」と目覚め、これが今夜の一番かと思った矢先、2本目に驚愕する。媛っこ地鶏の歯ごたえと柔らかさ、そして肉の甘さと至妙な塩加減が織りなすのは、焼鳥の旨味のタペストリーだ。ストトトーンと舌鼓。
しかしまあ、どれも旨い。普通は首だが、胸のそれを焼いた皮は、パリパリなのに厚みがあり、旨味は満々、風味絶佳。で、つくね然り、ハツ然り。
「もう十数年はつくってます」という締めの鶏そぼろのドライカレーは、カレー屋さんがこぞって習いに来そうな出来で、気づけば、満足K点越え。「ありがとうございました」
穏やかな笑みを浮かべて見送る豊田さん。入店時の「うん、いいな」は「いいな、また来よう」に変わり、帰路、新宿の雑踏も平気になっている。
“鶏そぼろ「ドライカレー」”650円。玉ねぎをじっくり炒めて引き出した甘さとスパイスのバランスが秀逸で、カレーをつまみにもう一杯飲みたくなる逸品だ。
文:加藤ジャンプ 写真:本野克佳
※この記事の内容はdancyu2019年11月号に掲載したものです。