2020年10月号の第二特集は「買い出し散歩」です。日本では近くのスーパーに行けば、新鮮でおいしい食材を手に入れられますし、ちょっと足を延ばせば多少珍しいものでも売っているお店に出会えます。しかし、海外ではなかなかそうもいかないようです。旅行作家の石田ゆうすけさんが苦労した買い出しの思い出とは――。
アフリカのジンバブエで買い出しにいった話だ。
その頃、ふたりの仲間がいて、そのうちのひとりが24歳の誕生日を迎えることになった。そこで僕はプリンをつくることにした。誕生日といえばプリンだ。
近くのスーパーに買い出しにいった。
そこは田舎町だったが、日本のスーパーと変わらない大型店があった。ジンバブエは西洋化が結構進んでいる。
宿に帰り、買ってきた卵をボウルに割ると、黄味がつぶれ、サラサラの液状になった。
「古いな」
もうひとつ割る。同じように黄身がつぶれた。
10個入りの卵のうち4個を割ったが、すべて同じだった。パックの日付を見ると、なんだこりゃ。賞味期限を1ヶ月以上も過ぎているではないか。
僕は割った卵の殻と残りの6個をパックに戻し、それとコップを持ってスーパーに引き返した。
「この日付見てよ。新しいのに交換してくれる?」
レジの女性に卵を見せながらそう言うと、彼女は眉をひそめ、こいつは何を言っているんだ?という顔をした。上司を呼んでくれ、と頼むと彼女は露骨にめんどくさそうな表情を浮かべ、売り場の奥に向かった。
彼女に連れられてきた上司は僕の持っている卵を見て、冷ややかな目で言った。
「もう割っているじゃないか」
「そうだ。4個割って全部黄味がつぶれたんだ」
僕は残りの6個の中から1個取りあげ、持ってきたコップに割った。
「ほら。黄味がつぶれただろ」
「これなら大丈夫だ。食べられる」
「おいおい。これのどこが大丈夫なんだ。腐っているだろうが。賞味期限を1ヶ月以上過ぎているんだぞ」
「問題ない。まだいける」
日本とは価値観が違うとはいえ、だんだんイライラしてきた。早くしないと誕生日会に間に合わなくなるではないか。
しかし、話がついていないにもかかわらず、上司は僕を無視して立ち去ろうとした。カチンときた。
「おいちょっと待てよ。まだ話が途中だろうが。俺はプリンをつくらなきゃならないんだよ。おいしいプリンをつくるためには新鮮な卵が必要なんだよ!」
僕は激昂しながら、しかし、俺は何をプリンプリン言っとるんだ、と急に自分がアホに思えてきて、つい笑いそうになった。頬がゆるむのを必死でこらえながら、なんとか厳しい顔を続けた。
上司は肩をすくめ、「わかったよ、好きなのに交換しろよ」と言って、僕を卵売り場に連れていった。やれやれ。
気分が落ち着いたのも束の間、売り場を見始めて間もなく、唖然とした。
「……おい。なんだよこれ?」
常温の売り場に山積みされた卵は、見た限りすべて、賞味期限をはるかに過ぎていた。見かけは近代的なスーパーなのに、なんという杜撰さだ。
「お前らこんな古い卵しか売ってないのか?」
すると上司は両腕を広げ、平然と言うのだ。
「じゃあ、ここにある卵、全部捨てろというのか?」
たしかにそうだよな――と納得してしまうところが、アフリカ滞在が早や1年になり、たいていのことに慣れてしまった旅人の悲しい性か?
結局、賞味期限を3週間ほど過ぎた“比較的”新しい卵に交換してもらった。
宿に帰って、共同キッチンで卵を10個全部割ると、ほとんどの黄味がつぶれた。ええい、加熱すりゃなんとかなるだろ。僕は調理を続けた。しゃばしゃばの卵に牛乳、砂糖、バニラエッセンスを入れてよく混ぜ、水を張った大鍋にボウルごと入れ、点火。適度に固まるまで蒸したら火を止め、粗熱をとり、冷蔵庫に入れ、ひとまず完了。
次いで、チーズ入りハンバーグとキャロットグラッセなど付け合せをつくって、彩りよく盛り付けし、宿の中庭のテーブルに並べた。
すべて完了したあと、主賓を呼んだ。24歳になった主賓は食卓を見ると「すげーすげー!」と小学生のように喜んだ。
ディナーを食べ終えると、主賓を中庭に待たせ、僕ともうひとりはキッチンに戻った。冷蔵庫からプリンを取り出して、ボウルの“型”を逆さにし、中身を大皿に移す。卵10個分の巨大プリンは皿の上でボヨヨンと揺れた。
その上にろうそくを24本刺す。牛乳の量が多すぎたのか、あるいはやっぱり卵の質が悪かったせいか、プリンはやけに軟らかかった。ろうそくはかろうじて立つものの、水に浮かんでいるように揺れる。
それでも無理やり24本すべてに火をつけ、バースデーソングを歌いながら、僕らはキッチンを出た。炎上するプリンを見た瞬間、主賓は狂喜し、笑い転げた。僕らは慎重に歩いたが、軟らかいプリンの上で燃えている24本のろうそくはパンクコンサートの客のように激しく頭を振り、溶けたろうがプリンの上にボトボト落ちていく。僕らのテンションは頂点に達した。
キッチンから中庭のテーブルまでは結構距離があり、プリンが主賓の前にやってくる頃には、溶けたろうがプリンを覆って、昔の食品サンプルのようになっていた。3人で身をよじらせて笑いながら、卵の品質もくそもないではないか、と涙目で思った。
文:石田ゆうすけ 写真:日置武晴