その怪魚は頭を切り落としてもなお、漁師に噛みついてくるほど生命力が強いという。見た目がグロテスクだったり、生態が摩訶不思議だったりする怪魚たち。日本にいるまだまだ知られていない美味しい怪魚をご紹介します。
関西の人たちにとってハモは特別に思い入れのある魚のひとつだ。小骨が多いので骨切りという技術を用いて骨を断ち、その身を吸い物にしたり、湯引きして梅肉や酢味噌を添えたり、あるいはふっくらと照り焼きにしたりする。料理店でも家庭でも、夏から秋を彩る食材として親しまれている。
このハモがなかなかの怪魚だ。アナゴやタチウオに似ていなくもないが、違いは大きな口にある。両アゴには犬歯のような歯が数列並ぶ。ハモ漁師が釣り上げると、このするどい歯をむき出しにしてはむかってくる。頭を切り落としてもかみついてくるほど生命力が強くて獰猛だ。
釣ったハモは船底の生け間に生かしておき、漁港に着いたら生け簀に移す。この時、漁師たちは素手でハモをつかむことはしない。ハモは鮮度が命だからだ。またハモの多くは80cm前後だが、全長2mを超えるものもあり、危険だからハモ専用の長い鈎(カギ)で胴体を引っかけてハモを扱う。
ハモは暑い時期が特別にうまい。この頃になると脂肪が多くなり、それがうま味と合わさっておいしくなるとされる。ハモの身にはまた、常温でも固まらない不飽和脂肪酸が多く含まれている。だから湯引き料理でさっと湯にくぐらせてから氷水で冷やしても、脂っぽさを少しも感じない。湯引きにはシャキッとした歯ごたえがあり、味は驚くほど淡く、清楚なのにキレがある。雑味をまったく感じさせない潔さもある。上手に骨切りされた身はシャクシャクとした食感がすがすがしい。獰猛な魚とはとても思えない上品な味わいと口ざわりは、一年に一度やってくる暑い季節の楽しみでもある。
日本全国の漁師町を精力的に取材して50年。漁師料理に関する経験と知識は右に出る者なし。『旬のうまい魚を知る本』『豪快にっぽん漁師料理』など地魚の著書多数。
文:小泉しゃこ イラスト:田渕正敏