「三好弥」には昭和が残っていた~“実用洋食”一門の系譜をたどる~
90年にわたり町に愛される繁盛店|"実用洋食"三好弥一門の系譜をたどる③

90年にわたり町に愛される繁盛店|"実用洋食"三好弥一門の系譜をたどる③

江戸川橋の「三好弥」は約90年の歴史を持つ、一門の中でも老舗の店。昼時はひっきりなしに客が訪れる繁盛店です。永きにわたり町に愛され続けている店の厨房を、一人で切り盛りしている三代目に話を聞きました。

東京メトロ有楽町線の江戸川橋駅から地上に出ると、神田川を挟んだ南北に文京区関口の町域が拡がる。神田川北岸はホテル椿山荘、カトリック関口教会、公園や学校、寺社がその敷地の多くを占め、付近には講談社野間記念館や鳩山会館、肥後細川庭園など見どころも多い。桜の時期には神田川に花筏が浮かび、静かな文教地区に彩りを添える。

日本で最も早く、本格的にフランスパンの製造を始めたという「関口フランスパン」も、北岸の関口2丁目にある。1973年(昭和48年)12月26日に公開された映画、「男はつらいよ 私の寅さん」にもその名が登場する老舗である。
日本で布教をするフランス人宣教師が、製パン技術を学ばせるために教会付属児童施設の日本人孤児を仏領インドシナに派遣したのち、1888年(明治21年)にこの地にあった聖母仏語学校に製パン部を創設したのが「関口フランスパン」のルーツである。「日本で最初」の本格的フランスパンが、フランス本国ではなく仏領インドシナというのが興味深い。
一方、神田川南岸の関口一丁目は、都心にもかかわらず昔ながらの商店街が残る。ビルの合間に昭和の一戸建て住宅も点在する生活感のある町である。戦前から東京市電2路線が交差する交通の便の良さもあり、早くから栄えた。かつて電停があった江戸川橋交差点の角に建つビルの一角に、江戸川橋・三好弥はある。

外観

三好弥創業者の長谷川好彌氏からのれん分けされた神楽坂・三好弥(長谷川嘉太郎氏)で修業をした神谷清一氏が戦前に創業。清一氏には三姉妹の娘があり、そのうちの次女が二代目の正勝氏とともに店を継いだ。初回で取り上げた立石・三好弥のおかみさんは末の娘であり、長女はこの店で修業をしたご主人と田端に三好弥を構えた。約90年もの歴史がある店はいま3代目の裕司さん(51歳)が継ぎ、ご夫婦で切り盛りされている。
以前は餃子やラーメンなど中華のメニューもあったそうだが、裕司さんの代になってからはメニューを再考、「半分ほどは新しい料理に変えました」。しかし、先代、先々代から受け継がれた三好弥の味は、「なるべく変えず、質を落とさず」を心がけている。厨房は裕司さんがひとりでこなしているが、それでもソースなどもすべて手作りし、決して手間を厭わない。

ロースポークエッグ

この日いただいた「ロースポークエッグ」は三好弥一門の伝統的メニューだが、元は塩コショウベースだったものを裕司さんがステーキソースに変更。他店で見かけるものよりも分厚く、「肉を食べた」という満足感が嬉しい。ソースが絡んだ目玉焼きも、それだけで立派なご馳走に感じられてご飯がすすむ。
もうひと品の「焼肉ソフトかつ・青じそチーズロールかつ」も裕司さん考案のメニュー。チーズとソースの濃厚さと青じそのさっぱり感のバランスがよく、ビールのつまみにもとてもいい。フライの盛り合わせは海老やアジ、イカ、メンチ、コロッケ、白身フライ、カキなど豊富な種類を組み合わせ選べる。
他にも焼き魚の定食や丼もの、洋食の定番のカレーやオムライス、ハンバーグにナポリタンと至れり尽くせりな品揃え。これは日々通っても飽きることがない。しかし、これだけの品数をそろえ、すべて手作りでこなすのは相当な手間がかかるだろう。

焼肉ソフトかつ・青じそチーズロールかつ

「飲食店の大変さを子どもの頃から見ていたので、自分がやってあげないと、と思って」。裕司さんは別の飲食店に勤めたあと、継ぐことを決めて店に戻った。
「飲食の仕事は人の何倍も働かないと店は回らないし、休日も会社員の半分もないですよね。1日の労働時間も長い。経営もしないといけないし、人も使わないといけない。だから、親に楽をさせてあげたいと思ったんです」
しかし、ご自身の子どもたちには店を継がせるつもりはないと言う。
「だから私の代で終わりです。よく三代目が店を潰す、って言うでしょ」と、冗談めかして裕司さんは笑った。
「自分の好きな道に進んで欲しい。子どもたちにはそう教えてきました」。その言葉は、自身が子どもの頃から親の背中を見て、厳しく仕事と向き合ってきたからこそ言える信念のように聞こえた。
昼の営業時間の終わりが近づいてもなお来客は続き、注文が途切れることがない。ひっきりなしに訪れる客こそが、裕司さんが三代にわたり愛される繁盛店を見事に守り抜いている証である。

店舗情報店舗情報

江戸川橋・三好弥
  • 【住所】文京区関口1-47-12
  • 【電話番号】03-3268-1429
  • 【営業時間】11:00~15:00 17:00~21:00
  • 【定休日】土曜
  • 【アクセス】東京メトロ「江戸川橋駅」より1分

文・写真:藤原亮司

藤原 亮司

藤原 亮司 (ジャーナリスト/ジャパンプレス所属)

1967年生まれ。大阪府出身。1998年から継続してパレスチナ問題の取材を続けている。他に、シリア内戦、コソボ、レバノン、アフガニスタン、イラク、ヨルダン、トルコ、ウクライナなどにおいて、紛争や難民問題を取材。国内では在日コリアン、東日本大震災や原発被害を取材。著者に「ガザの空の下 それでも明日は来るし人は生きる」、共著に「戦争取材と自己責任」(ともにdZERO刊)。「下町の酒都」葛飾区立石に20年以上暮らし、海外取材に出ていないときは日々酒を飲む暮らし。