まぐろを延縄で漁獲する際に迷い込んでくるという、もっとも美しいフカとは?見た目がグロテスクだったり、生態が摩訶不思議だったりする怪魚たち。日本にいるまだまだ知られていない美味しい怪魚をご紹介します。
地球上には500種類ものサメがいるそうだ。そのなかでヨシキリザメはもっとも美しいといわれている。すっとした細長い紡錘形で、尾びれと胸びれが長くのびる。海のなかでは鮮やかな青色を放つので、英語ではブルーシャークと呼ばれる。そう、姿形は美怪魚なのだ。ただヨシキリザメは狂暴である。なのに人間は釣り針にかかったこのサメを果敢に捕まえ、食用にしてきた。それも、身はちくわやはんぺんなどのすり身に、そしてある部分は我々もよく知っているあの高級食材に加工して、だ。
その高級食材を「フカヒレ」という。フカとはサメのことで、フカヒレとはサメのヒレを乾燥させたものである。実はさまざまなサメがフカヒレにされるのだが、その多くがヨシキリザメのものだ。本連載の10回目でご紹介したネズミザメと同様、マグロの延縄漁で混獲されて、たいていは宮城県・気仙沼市に水揚げされる。
フカヒレが高級なのには理由がある。ひれが1尾から少量しかとれないこともあるが、乾燥フカヒレにするまでに多くの時間と労力を要するからである。まず背びれや胸びれ、尾びれ、腹びれ、尻びれを塩漬けにして、その後、余分の塩を除いてから天日で干す。その時間が半端でなく、気温の低い11~4月の間の70~90日間をかけるという。さらに2度蒸してから皮や骨、肉をとり除いて軟骨だけにする。それを再び乾燥機で乾燥させて、やっと市販されている乾燥フカヒレが完成するのだ。質もさることながらその手間を惜しまないから、気仙沼は世界的なフカヒレの産地なのである。
フカヒレのうまさの真髄は食感にある。戻し方のコツを心得た腕のいい料理人の手にかかったフカヒレはプリプリとした弾力が小気味よい。舌の上で軟骨がホロホロとばらけていく感触もいい。のど元へすべり落ちていくときのなめらかさとスープの深く上品な余韻にひたっていると、世界中の食通たちと同様、虜になるのであった。
日本全国の漁師町を精力的に取材して50年。漁師料理に関する経験と知識は右に出る者なし。『旬のうまい魚を知る本』『豪快にっぽん漁師料理』など地魚の著書多数。
文:小泉しゃこ イラスト:田渕正敏