怪魚の食卓
怪魚界の最高峰|怪魚の食卓⑯

怪魚界の最高峰|怪魚の食卓⑯

これぞキングオブ怪魚!見た目も生態も、味わいまでも怪魚なのだそう。見た目がグロテスクだったり、生態が摩訶不思議だったりする怪魚たち。日本にいるまだまだ知られていない美味しい怪魚をご紹介します。

歯もアゴもない「ヌタウナギ」

ヌタウナギは生きた化石と呼ばれ、かなりの怪魚ぶりを発揮する。ウナギとあるがウナギではない。長さは50~60㎝でウナギやアナゴに似て細長い。だが、ウナギやアナゴと違ってアゴがない。したがって無顎類と呼ばれ、海の中に住んでいるものの、一般的な魚とは種が異なる。先端のぽっかり開いた口のような穴の下に本当の口があり、この口で弱っている大型魚に吸い付いて体の内部を食べてしまう。あー恐ろしい。目は退化して皮膚に埋もれている。体表には穴が一列に並び、ここから白糸状の粘液を大量に放出する。そしてこの粘液でほかの魚のエラを詰まらせて窒息死させてしまうのだ。ここまでくると、もうホラーでしょう。

粘液がベットリと付着して漁網やほかの魚を損ねてしまうので、漁師たちにも嫌われている。嫌っていても網には入ってくるので、ほとんどの漁師は無造作にポイと捨ててしまい、ヌタウナギを食べる土地は少ない。しかし秋田県や山形県、新潟県といった産地では食用にされ、なかでも秋田県の男鹿市あたりでは酒のつまみとして人気がある。ここでは単に「アナゴ」とも「棒アナゴ」とも呼ばれ、スタミナ食だとして珍重する人たちもいる。

ヌタウナギは焼き物にされることが多い。焼き始めると、ほかの魚で経験したことのない、魚というよりもホルモンを焼いているような強烈な匂いが漂ってくる。皿の上にのせると一見、ヘビのぶつ切りのようである。それだけでひるんでしまうが、勇気をふりしぼってほおばれば、まずは皮のパリパリとした軽快な歯ざわりに驚く。強いていえば北京ダックの皮の食感を思わせる。食味はウナギともアナゴともまったく異なり、白い筋肉は焼いた車海老の味わいに似て、思いのほかあっさりとして上品なのである。プリプリとした歯ごたえも車海老と同様だ。体内に通っている脊髄がブチッと切れる食感も痛快である。とはいえ、匂いも味も個性的だから好き嫌いは大きく分かれるだろう。

焼きヌタウナギ
①棒状に加工された冷凍のヌタウナギの口の部分を切り落として、4~5㎝のぶつ切りにする。
②焼き網の上で、中火でこんがりと焼く。
③おろし醬油で食べる。
焼きヌタウナギ

解説

野村祐三

日本全国の漁師町を精力的に取材して50年。漁師料理に関する経験と知識は右に出る者なし。『旬のうまい魚を知る本』『豪快にっぽん漁師料理』など地魚の著書多数。

文:小泉しゃこ イラスト:田渕正敏