主に砂地に生息し、底引き網などで漁獲されるその魚はじゃこ天として有名。いったいどんな魚なのでしょうか?見た目がグロテスクだったり、生態が摩訶不思議だったりする怪魚たち。日本にいるまだまだ知られていない美味しい怪魚をご紹介します。
大きくなっても9cmに満たない小魚である。一見、普通の魚である。これがなぜ怪魚なのか?まずは生態が変わっている。産卵期である7~9月の間、オスはメスが生んだ卵を口の中で孵化させる。その間、いっさいエサを食べないそうだ。どうです?怪魚と名乗る資格は十分でしょう。
背はやや淡褐色を帯びるが、全体に銀色に輝き、そこに暗色の横縞が12~13本ほどはいっている。小さいながらも派手な模様がやけに目立ち、この小魚が大量に水揚げされると、早朝の薄暗い漁港のそこだけがきらびやかになり、ほかの大型魚や高級魚を圧するのである。どうです?やはり怪魚と名乗る資格は十分でしょう。
体の割に各ヒレが大きく目も大きい。下唇がやや突き出ていて、何かに踏ん張っているようないかつい顔つきをしている。都会のスーパーマーケットではほぼ見かけない。うまいから現地で消費されてしまうのである。
多くは上質の練り製品に加工され、たとえば愛媛県八幡浜名物のじゃこ天は、テンジクダイで作られたものを最上とする。また産地では、たたき揚げやかき揚げなどでよく食べられるが、いずれも骨ごと料理する。そう、この魚の真骨頂は骨の味わいにあるのだ。特に南蛮漬けのおいしさは他の小魚のそれと比べてトップクラスだ。口に入れると白身の淡泊なおいしさと中骨の力強い歯ごたえを感じ、やがて骨からジュワーッとにじみ出てくる滋味がしみ渡る。油で揚げることで本来持っている味が深みを増すのだろう。さらに三杯酢によって味がきゅっと引き締まる。
小魚なのに一尾でも十分に自己主張する存在感。怪魚の食卓にのぼる資格は十分なのだ。
日本全国の漁師町を精力的に取材して50年。漁師料理に関する経験と知識は右に出る者なし。『旬のうまい魚を知る本』『豪快にっぽん漁師料理』など地魚の著書多数。
文:小泉しゃこ イラスト:田渕正敏