dancyu8月号「カレーとスパイス。」特集にて、素敵なエッセイを寄稿してくれた、ミュージシャンの曽我部恵一さん。カレー好きが高じて、今年4月「カレーの店・八月」をオープンした曽我部さんが、カレーと音楽についてたっぷり語るインタビュー。前・後編に渡ってお届けします!
一口目は派手な刺激はなく、豊かな旨味を感じさせる優しい味わい。だけどスプーンを口に運ぶごとに、だんだんとスパイスの辛さや風味が立ってくる。スルスルと食べられて、心と胃袋が穏やかに満足する――そんな、じんわり旨いカレーは下北沢にある。今年4月に開店した「カレーの店・八月」。オーナーは、サニーデイ・サービスのボーカル&ギター、曽我部恵一さんだ。
曽我部さんはバンドやソロでの音楽活動と並行して、自ら立ち上げたレーベル「ROSE RECORDS」や、下北沢にあるカフェ「CITY COUNTRY CITY」の経営も行なっている。その新たな展開として、曽我部さん自身も大好きなカレーライスの店を開くことになった。
「去年からずっと準備していたんです。内装工事が済んで、カレーの試作も重ねて、ようやく開店できる……っていう段階で、このコロナの状況になっちゃって。正直、参りました。正式なオープンはもう少し先の予定だったんですけど、この状況ではお金がまったく回らないから。とにかく身内の人間でやるしかないってことで、緊急事態宣言で臨時休業していたカフェやレーベルのスタッフ総出でプレ・オープンすることにしました。カレーライスだったらテイクアウトでも販売できるし。これがもし他の業態だったら、精神的にもヤバかったでしょうね」
店の看板メニューである“八月カレー”は、豚骨や鶏骨をじっくり8時間煮込んだスープをベースに複数のスパイスで仕上げた、あっさりとしていながらも深い味わい。他にも、濃厚な海老のだしを効かせた“海老カレー”や季節限定の“野菜カレー”、“あいがけキーマ”など、随時6~7種類のカレーがメニューを飾る。
「シェフである店長はイタリア料理の経験もあって、余分な脂を削いだ骨を一度焦がしてからスープを取るなど、相当手間をかけてつくってます。ただ、あくまで町のカレー屋さんなので、こだわりが強く出すぎてもあまり良くないなって思ってて。『曽我部恵一のカレーです!』と打ち出すつもりもなかったですしね。もっとフラットな、みんなが食べて美味しいねって思える、だけどあんまり食べたことがないねっていうカレーがいいと思ってたので。試作の段階でスタッフ全員がOKって言うまでに、すごく時間がかかりました」
曽我部さんは、本来なら店のプロデュースや経営に専念するはずだったが、音楽活動の主軸であるライブが3月以降軒並み延期・中止となっていたこともあり、自らも店に立つことにした。
「厨房でカレーをつくって、お会計して、皿を下げて洗って。週に何日かは、開店から閉店までずっと店に立ってる日もあります。たとえば初老の男性のお客さんが、『美味しかったよ、また来るね』なんて言ってくれるとすごく嬉しいし。女性のお客さんに料理を出して『わー、かわいい!』『美味しそう!』ってリアクションをいただくのも、すごく幸せで。なるほど、料理人のみなさんはこういう喜びを持って生きてらっしゃるんだなって。それは店の経営だけやっていては気付けない、自分で料理をつくって出してみて初めてわかったことでしたね」
*曽我部恵一さんがカレーにまつわる想いを綴ったエッセイは、dancyu8月号にて掲載中!
1971年香川県出身。「サニーデイ・サービス」のギター、ボーカルとして1994年にデビュー。音楽活動やレーベル運営と並行し、今年4月、下北沢に「カレーの店・八月」をオープンした。サニーデイ・サービスの最新アルバム『いいね!』絶賛発売中!
写真:平野太呂 文:宮内 健