カメラマンが、いつかまた食べたい料理
鰹のたたき、オープンサンド、磯辺揚げ|カメラマンが、いつかまた食べたい料理

鰹のたたき、オープンサンド、磯辺揚げ|カメラマンが、いつかまた食べたい料理

カメラマンの神ノ川智早さん。今、食べに行きたい、会いに行きたい料理はなんですか?と聞くと……。

神ノ川智早さんが食べに行きたいのは――。

高知で食べた鰹のたたき

高知で食べた鰹のたたき
2019年6月1日、私は高知にいた。高知の自然を背景にした洋服の撮影で、昼間は街から離れた山や川で過ごした。日差しは強く透明で空気は澄みわたり、どんな色も美しく見えた。日が沈む頃街へ戻り、撮影を手伝ってくれた地元の方がスタッフ全員を市内の小さなお店に連れて行ってくれた。そこで食べた鰹のたたきが忘れられない。運ばれて来た大盛りのお皿。きゅっと引き締まった鰹の身に、パラパラと塩が振ってある。鰹の周りには限りなく細く刻まれたネギと大葉、薄切りのにんにくとミョウガ、すだちを絞った汁が入った小さな容器も添えられている。そして、カットされたミニトマト。鰹にトマト!?皆で声を上げた。好みで鰹に薬味を乗せ、すだちの汁をかけて食べる。次から次へと薬味を変えながら、延々と食べられる美味しさだった。全てが新鮮で輝いていた一皿。あの鰹のたたきを食べるためだけに、もう一度高知へ行きたい。

イギリスで食べたオープンサンド

イギリスで食べたオープンサンド
3歳の頃から知っている友人の子供が、今年19歳になった。日本で知り合ってから数年後にイギリスへ引っ越してしまった彼らを、私は定期的に訪ねている。 2年前に訪ねた際、17歳の彼女が初めて朝ごはんを作ってくれた。 作ってくれるの!すごい!と声を上げる私を見ず、簡単だからと彼女は涼しい顔でアボカドを切って潰し、バルサミコ酢で味をつけた。 それをパンの上に乗せ、さらにスライスしたトマトを並べ、仕上げににイタリアンパセリを散らしてくれた。美味しい美味しいと大騒ぎして食べる私を見て、軽く微笑む彼女がとても大人びて見えた。小さかったあの子が大きくなり、私のために作ってくれたオープンサンド。慣れ親しんだアボカドとトマトが特別に感じるほど美味しかった。次にイギリス行けるのはいつになるだろう。さらに大人になった彼女が作る朝ごはんを、また大騒ぎして食べたい。

母の磯辺揚げ

母の磯辺揚げ
岐阜の実家には、季節になると青果市場で働く親戚から大和芋というごろりとした丸くて黒い芋が送られてくる。それを使って、母はいつも磯辺揚げを作ってくれる。擦った大和芋は水分が少なくて粘りが強い。そこへ白だしと卵を入れてよく混ぜ、スプーンで一口大に掬って海苔で巻き、急いで油の中へ入れる。きつね色になったらさっと油から上げ、鍋の隣に敷いたキッチンペーパーの上に転がす。ころころした磯辺揚げが、大抵15個くらい出来上がる。母は手伝う私に、台所に立つ人だけの特権よと言って、いつも熱々で香ばしい揚げたてを一つ味見させてくれる。食卓に並んだ磯辺揚げよりも、立って食べるその一つが何よりも美味しくて、磯辺揚げの日は喜んで手伝いを買って出る。ゴールデンウィーク、時間はいくらでもあるけど帰省は叶わなかった。電話で母にあの磯辺揚げを食べたいと言うと、あの芋は秋にならないと出回らないよと言われた。秋には、安心して母の隣に立って味見出来る日常が戻るよう祈るばかり。

写真・文:神ノ川智早