姿形はまるで巨大なナメクジのようで、濃い灰色や茶褐色をしている。大きさは手の平くらいからその倍以上あるものもあり、ツンツンつつこうものなら、紫色の液体をブシューッと大量に吐き出す。どうです?なかなかものでしょう。
その名はアメフラシ。この紫色の液体が雨雲のように見えることから、“雨降らし”=アメフラシと呼ばれるようになったという。食べてみようと腹をさこうものなら、例のプシューッが出てきてみるみるうちに縮む。ゆでるとアクみたいなものがぶくぶく浮き出てくる。そしてまた縮む。
それでも口に入れた人は、まず香りと食感にくすぐられる。海藻を食べるのを好むアメフラシの磯香が鼻腔を抜け、ジョリッとした歯ざわりがゆでたホッキ貝に似て心地よい。口当たりはソフトだが、噛み心地は十分にある。加えてねっとり感もある不思議な食感は、ほかではめったに味わえない。
食味が貝類に似ているのには訳がある。実は、はるか遠い昔は殻で身をおおわれていたという。それが体内に埋没してしまい、あの姿形となった。もし殻で身を守っていたならば、アワビ並みの人気者になっていたのかもしれない。
ゆでただけで食べると漠とした味わいだが、それでも貝類に似たうま味をほのかに感じる。さらに酢味噌や酒粕で和えると、それまで隠れていたかのような野趣溢れるうま味がとたんに際立って、口中いっぱいに広がってくるのだ。
この貴重な「食材」は島根県の隠岐の島で食べられている。この島々の”べこ”好き(隠岐の島の人はアメフラシを”べこ”と呼ぶ)たちは、大豆と麦麹でつくる自家製味噌「こじょうゆ味噌(なめ味噌の一種)」で和える一品をおおいに好む。また、ゆでたアメフラシに醤油数滴という人もいる。
日本全国の町を精力的に取材して50年。漁師料理、漁業に関する経験と知識は右に出る者なし。『旬のうまい魚を知る本』『豪快にっぽん漁師料理』など地魚の著書多数。
文:小泉しゃこ イラスト:田渕正敏