富山を代表するカレー店「かれー屋 伊東」。丁寧な仕事でカレーをつくり続け、2020年で創業43年となる。手間暇を惜しまずに仕込まれるカレー、名物の「ヤサタマ」と「コロ」、家族5人が中心となって店を切り回すアットホームな雰囲気。そのどれもが懐かしく、そして新しい。
「熱いから、気ぃつけてよ」
「かれー屋 伊東」で目の前に供された「ヤサタマコロ」。いざ口にしようとスプーンに手を伸ばせば、社長の伊東慎二さんの声が聞こえます。目をやれば、伊東さんはにこやかに「コロッケ、熱いからね」。その言葉を胸に、クリームコロッケをいただきます。
「あっちぃ」
あまりの熱々具合に、口にした瞬間、声が出て、まるでダチョウ倶楽部のコントのよう。気をつけていたけれど、本当に熱い。横で伊東さんが、にこにこ。
「揚げたてだから。お客さまに出すときも熱いですよって伝えるんです。火傷しちゃうとたいへんなもんでさ」
このときの伊東さん、にこやかというよりは、にやりといった面持ち。実は「クリームコロッケ」には並々ならぬ思いがあると告白します。
「このコロッケが完成しなかったら、独立してないんだわ」
フランチャイズに加盟して、カレー店を営みながら、いつかは自分の店を持つことを夢見ていた伊東さん。それが簡単ではないことくらい、日々、カレーと向き合っていればよくわかる。独立するためには、名物が必要だと知恵をしぼる毎日。
「『ヤサタマ 』が誕生して、片方の足で立てるだけの体力はついたの。もうひとつ名物をつくって両足で歩けるようになれば、やっていけると思ってね」
ある日、伊東さんは思った。手間を惜しまないでコロッケをつくってみようと。
「カツカレーはどこにでもあるでしょ。コロッケもあると言えばあるけど、クリームとなると、あんまりないんだわ」
でもね、と伊東さんは続けます。
「おいしいコロッケがつくりたいわけじゃないの。もちろん、おいしいんだよ。何よりもカレーに合うってことが大事」
ああでもないこうでもないとトライアル&エラーを繰り返し、カレーと相性がいいクリームコロッケが完成して、伊東さんが自分の店「かれー屋 伊東」を開いたのは1998年。脱サラをしてから21年が経っていた。
「やってることは変わんないよ」と笑う伊東さん。と言いながらも、店はいま、3人の息子たちが切り回すようになって、伊東さんにもゆとりが少々。
「通販、始めてみようと思ってね」
急速冷凍の技術を使って、自店のホームページでルウの通信販売をスタート。自慢のクリームコロッケも求めることができる。
「富山のカレーをいろんな人に食べて欲しいんだ」
伊東さん、創業の頃とちっとも変わっていない。相変わらず、カレーのことばかり考えている。これからも、きっとそうなんだろう。
念願の「ヤサタマ 」を平らげた僕はすっかり満足。帰り際、伊東さんに「かれー屋 伊東」の未来を訊ねれば、簡潔な答えが返ってきた。
「自家製を貫く」
そう言って、ガハハハと笑う伊東さんである。
おしまい。
文:エベターク・ヤン 写真:小原太平