富山に行く。目的は寒ぶりではない。白えびでもない。ホタルイカでもなければ、鱒寿司でもない。昆布〆でもないし、忍者ハットリくんのからくり時計でもない。カレーである。向かうは「かれー屋 伊東」なのである。食すのは「ヤサタマ」だ。富山で愛され続けるカレーを目指すのだ!
どうしようかなぁ。
路面電車に揺られながら、ずっと迷っていたんです。車窓から富山市街の景色を眺める余裕もなく、カレーのことばかりを考えながらの10分ちょっと。結論を出すには、この時間じゃ足りないなぁ。
「ヤサタマ」
ここまでは決まっていたんですよね。さて、その後をどうする?
「ヤサタマコロ」か。それとも「ヤサタマカツ」か。やっぱり「ヤサタマカツコロ」なのか。いや「ヤサタマナットウ」で攻めてみるか。
うーん、悩ましい。気絶するほど悩ましい。♪うまくいくカレーなんてカレーじゃない♪ Charを気取って、5年振り2度目の「かれー屋 伊東」を目指します。
実は密かにカレー王国だと思っている、富山県。
2013年のタウンページ調べによると、人口10万人あたりのカレー屋店舗数で富山県は全国5位。総務省統計局の家計調査においては、富山市のカレールウ購入数量は平成27~29年平均で全国4位。つまり、富山は外でも家でもカレー好き。ちなみに、このふたつのランキングにおいて、県と都市の両方でベスト5に入っているのは、富山だけなんですよね。
さらに、富山県には400人を超えるパキスタン人が住んでいる。モスクだってある。自然、現地仕様のカレー店が増えていく。「富山に行ったら、パキスタンだった。」状態でもあるんです。
2014年、僕は射水市に集中する在日パキスタン人のコミュニティから誕生したパキスタンカレー店「カシミール」を取材するため、富山へ赴きます。
その前段階のこと。件の「カシミール」へ取材依頼をするものの、電話ではまったくコミュニケーションが取れない(行っても取れなかったけれど)。取材交渉と富山のカレー事情をリサーチするため、急遽、日帰りで富山へ飛んだんですよね。
射水市からの帰り道、どうしても寄りたかったのが富山市の「かれー屋 伊東」。カレー界のみなさんから、何度かその名前を耳にするものの、なかなか訪れるチャンスがなかった僻遠のカレー店です。
念願叶って5年前の初夏、僕は「かれー屋 伊東」のカウンターに座ってシンプルなカレーを食べたんですね。けどね、来る客来る客が、符丁のような言葉で注文することに気づきます。
「ヤサタマ」
ほとんどがその言葉を操り、魅惑的なカレーを呼び寄せているじゃないですか。隣の席でコロッケを頬張るお客さんに訊けば「ここではヤサタマでしょ」ということなんです。
しまったぁ。
ということで、2019年。予習を済ませ、2度目の「かれー屋 伊東」へと向かう僕は、路面電車の中で「ヤサタマ」なる未知なるカレーに思いを馳せているわけなんですね。
あぁ、迷っているうちに「かれー屋 伊東」に到着ですよ。
「ヤサタマ」に続く符丁は、「コロ」か「カツ」か「カツコロ」か「ナットウ」か。
どうしようかなぁ。
――つづく。
文:エベターク・ヤン 写真:小原太平