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函館「バスク」の深谷シェフが考えるレストランの在り方(後編)

函館「バスク」の深谷シェフが考えるレストランの在り方(後編)

日本におけるスペイン料理の先駆者函館「バスク」の深谷宏治シェフは、「スペイン料理である前にレストランであること」「スタイルはスペイン料理でも地元の食材を使うこと」を考えてきた。さらに、レストランには「変化」も必要だが、大切なのは「普遍性」だという――。 (この記事は、本誌4月号123ページ「Topics」に掲載した深谷シェフのインタビューの詳細です)

以前、ある料理人が言っていました。「お客様は常に新しいことを求めてくるので、それに応えないと」と。もちろん、それもひとつのやり方だとは思います。

しかし、変えないことで、それを目当てにずっと食べに来てくれる人がいるのも確かです。それは、具体的なメニューであったり、すべてを通した味わいであったりします。「バスク」も多少はメニューを変えてきましたが、基本的には変わらず、スペイン料理の理にかなったもの、伝統的な料理や調理法を大切にしています。もともと、スペイン・バスクで受け継がれている味やスタイルの“普遍性”をそのまま日本に持ってきたし、それを大切に守りたかったのです。
料理には変化も必要ですが、やはりベースに普遍性がないと、一時的なものになってしまうと僕は思います。

生ハムの原木
「バスク」では自家製の生ハムを供する。かつてはスペインからの輸入が安定せず、「仕方がないから自分でつくることにした」のだが、いまや店の名物に。

そもそも、スペイン料理には辛かったり脂っこいもの、スパイスが強烈なものなどはないんです。やさしい味わいだから、日本人にも合ってたし、また地元の食材がマッチしたこともあり、幸いなことに函館でそれが受け入れられたのだと思います。

それを35年前からずっとやっています。最初の頃のお客様、僕より先輩方ですが、そんな方たちはだいぶ減りましたが、いまでもずっと通ってくれる方も多いですよ。同じバスク料理をずっと食べている方もたくさんいます。
そんな方々には「ここの料理は、驚きはないけれど、安心してホッとする」とよく言われます。これを言われると、この味をずっと守ってきてよかったと思います。変えないことが普遍的な魅力になることもあるのです。

食材だって、高級なものを使えばいいというわけではないと思います。僕はいいものも使えば、安い食材も使います。どの食材を使うかももちろん重要ですが、どんな料理をつくるかを考える方が大切なことだと思っています。そのうえで、材料を無駄にしないように、野菜の切れ端なども余さず使うように心掛けています。

野菜のスープ
深谷シェフのお人柄が表れているような、やさしい味わいの野菜のスープ。初めて食べる人もホッと安心するような美味しさだ。

僕は昔から環境問題を考えていました。そもそも、理工系の大学に通っていたのに料理人を目指したのは、エネルギー問題を考えたのがきっかけでしたから。
地球の将来を考えたら、料理人だってエネルギー効率を考えて調理したり、食材を無駄にしないことをしっかり考えなければならないと思います。地球は空気と太陽エネルギーに守られている奇跡的な存在なんです。人間は進化していますが、進化して便利になっているために、地球のありがたさを忘れてしまいがちです。
だいぶ話が大きくなってしまいましたが、そんなことも考えながら函館の地で、変わらないスペイン・バスク料理をつくり続けています。

店舗情報店舗情報

レストラン バスク
  • 【住所】北海道函館市松陰町1‐4
  • 【電話番号】0138‐56‐1570
  • 【営業時間】11:30~14:00(L.O.) 17:00~21:00(L.O.) 日曜は~20:30(L.O.)
  • 【定休日】水曜
  • 【アクセス】市電「杉並町駅」より3分

深谷宏治(ふかや・こうじ)

函館「レストラン・バスク」「ラ・コンチャ」オーナーシェフ。1947年、函館生まれ。東京理科大学卒業後、料理人を目指し、スペイン・バスク州のサン・セバスチャンで修業。帰国後、1985年に「バスク」をオープン。「バル街」などのイベントを立ち上げたほか、世界料理学会の開催に尽力するなど、函館のみならず日本の料理界振興のために活躍している。近著に『料理人にできること』(柴田書店)。

写真:今津聡子 文:編集部