西荻窪で世界ワイン紀行。

生活からにじみ出るもの。

「レイタォンには、赤のスパークリングを合わせるのがいいよ。油をさっぱり流してくれるから」と、隣の席に座っていた川西和世さんが教えてくれた。黒髪が綺麗なキュートな女性だ。
反対側の席に座っていた優しい笑顔が印象的なグレイヘアのあすかさんも、「肉の前には、サラダを食べるといいのよ」と声をかけてくれる。「コポ・ド・ヂーア」の常連客ふたりと会話を交わしながら、レイタォンの到着を待つ。

とうとうやってきた肉の日の特別メニュー、私にとっての初レイタォン。皮がパリパリで肉はしっとりジューシー。果実味たっぷりな辛口の赤のスパークリングとともに、胃の中におさめる。
ほかの席に座っている人たちのところにも、同じタイミングでレイタォンがやってきた。みんなでガヤガヤ言いながら同じものを食べていると、ポルトガルへトリップしたような気分になる。
さらにその後は、ブラジルのソーセージ「リングイッサ」、いちぼ肉「ピッカーニャ」がきて「こっちを食べると一気にブラジルの世界へ行けるね」と言いながら、肉の日を大いに愉しむ。

「そうそう、持ってきたものがあるの」と、ケイちゃんがカバンからCDを取り出した。2年前にふたりで取材した、ポルトガルの南部アレンテージョに伝わる無伴奏合唱“カンテ・アレンテジャーノ”の「歌う民族」だ。
小さな村で歌い継がれてきたカンテ・アレンテジャーノは、2014年にユネスコ無形文化遺産にも登録されている。
サービスがひと段落したともちゃんが、店のオーディオでさっそくかけてくれた。
女性たちの素朴な歌声が店内に響き渡る。それぞれの話に没頭していたほかの客たちも、耳を傾けているようだ。

アレンテージョでは、バーや集会場で人々が集まると自然に歌いだす。手にはワインやビールのグラスをもっていて、「喉を開くために必要なんだ」と言い訳のように笑いながらお酒を口にする。
「彼らは歌って、食べて、生きていることに喜びを感じていたよね」
「豊かな人生だよ」
私もケイちゃんも、２年前のポルトガルをしみじみ思い出す。
あのとき、私たちは彼らの歌声に心を震わせて、少なからずその後の生活に影響を受けていた。
「心を震わすことって大事だよねぇ。音楽も、写真も、文章も……」
「カーヤちゃんはライターとして、どんなときにテンションがあがる？私はね、撮った写真を見返していて、自分の意識や意図を超えたものが写っていたときなの」
「わかるよ。私も似ているかも。もやもやと頭の中を漂っていた感覚にぴったりな言葉が見つかって、進む道が見えたときかなぁ。なにかに導かれる感覚というか。自分の想像を超えちゃうときがあるよね」
「作品はつくり手の身体と人生から絞り出されて生まれるものだから、技術以上に想いが大切なんだろうね。音楽もそうなんじゃない？」
「そうそう。上手なだけの音楽を聴きたいわけじゃないし、演奏したいわけでもない。人々の生活と結びついている、カンテ・アレンテジャーノのような音楽が胸に突き刺さるんだよね」

めくるめく夜は続く。

「コポ・ド・ヂーア」を出たあとは、夜道をゆっくり歩いて西荻窪駅へ。締め括りとして、南口の柳小路にあるワインショップ「キャラバン」へとケイちゃんを連れて行こう。
ここは、ウズベキタンのワインに惚れ込んで輸入代理店まで始めた森重泰典さんの店。私は昨晩も「キャラバン」を訪れていた。

看板にウズベキスタンと書いてあるが、輸送の関係で春頃までウズベキスタンのワインは入荷できないそうだ。それでも、ルーマニア、ブルガリア、ジョージア、ウルグアイなど、普段あまりお目にかかれないワインがおいてあるので、次はこれ、今度はこっちと、いつも杯を重ねて飲み過ぎてしまう。

今日は、ジョージアのオレンジワインをセレクトした。
ルカツィテリというぶどう種を、素焼きの壺で熟成させていて、マンゴーのような香りがする。すっきりとした辛口が、肉をたらふく食べてきた後にはぴったりだ。
「ああ、沁みる」
さんざん飲んだあとなのに、嬉しそうにワインで喉を鳴らすケイちゃんを見て、「荻窪〜西荻ワイン街道」へと招待したホストの役割を全うできたことを確認。肩の荷がおりてほっとした。
ケイちゃんは、これからもう一軒、行きつけの店へ向かうというけど、私は杯に杯を重ね（途中寝落ちまでして）、かなり満喫したからまた今度。次はケイちゃんの番だね。どこに連れて行ってくれるか楽しみだよ、私はこのまま寝ます。おやすみなさい。