ライターの岡田カーヤさんと写真家の野村恵子さんの「往復酒簡」第二弾は、カーヤさんが住む西荻窪へ。待ち合わせは午後3時30分。お天道さまが西に傾き始める時間です。
東京都町田市生まれのライター、編集者、たまに音楽家。バンド「Double Famous」ではサックスとフルートを担当。旅と日常の間で、人の営み、土地に根ざした食や音楽の記事を執筆。 各国のワインとスープを飲み歩くのが好き。2002年の旅をきっかけにポルトガルの虜になり、 2005年〜2006年にはリスボン大学に留学。現在は杉並区で企画事務所「MONKEY WORKS」を営む。
神戸市生まれの写真家。上梓した写真集は11冊。2019年には『Otari Pristine Peaks 山霊の庭』(スーパーラボ)で林忠彦写真賞を受賞。女性の写真集やグラビア、旅と食にまつわる取材を撮影。夜になれば、ただの呑兵衛で大の日本酒好き。岡田カ-ヤとともに、ポルトガルの音楽と食も追いかけている。
明るいうちから飲むお酒は、心躍る特別感がある。
でも、それが当たり前になるとありがたみが薄れてしまうので、「ここぞ」のときだけと心がけている。
飲み仲間であるケイちゃんこと写真家の野村恵子さんを案内する今日は、「ここぞ」の日。だから、待ち合わせは午後3時30分にした。
前回、おんなふたりで飲んだときは、ケイちゃんのホームグラウンドの大塚だったから、今回は西荻窪へ。私が暮らす街だ。正面から攻めてもつまらないので、横からぐるっとまわろう。集合は荻窪駅にした。
ケイちゃんが大塚を案内してくれたときは、どの店に行くか悩みに悩んだらしいけど、私は店選びに迷わなかった。なぜなら今日は29日。「肉の日」だからだ。
目当ての店では、月に一度の肉の宴が着々と準備されている。裏テーマは「荻窪~西荻ワイン街道」。いつもの私の飲んだくれロードへ招待することにした。
「来る前に調べたけど、この時間からやっているワインの店はなかったよ」というケイちゃんに、私は不敵な笑みを浮かべ答える。
「去年、ワインエキスパートの勉強を始めたとき、偶然見つけた、とっておきなのですよ、ふふふ」
そこはバーでもレストランでもない、裏路地にあるワイン販売店「ワインショップ Urara」。店の奥にある細長いカウンターで、赤白一種類ずつを一杯500~800円で飲めるのだ。ワインはフランス・ブルゴーニュ、イタリア全般に加え、アメリカ・カリフォルニアが揃っている。
「初めて来たとき驚いちゃってさ。荻窪の裏路地にある小さな店に、カリフォルニア・ナパの高級ワインが何本もおいてあったの。大きい店でも滅多にないんだよ。カリフォルニアワインをここまで取り揃えているところって」と、ケイちゃんに力説する。
店主の中野康吉さんは、銀座のフレンチレストランでソムリエをしていた。カリフォルニアワインの特にメルローを愛している。そんな店主だから、3000~5000円のおいしいワインに加えて、かなり古いヴィンテージの「ハーラン・エステート」「コングスガード」「ジョセフフェルプス」など、うん万円からうんジュウ万円のカリフォルニアワインまで並んでいるのだ。
セラーに入って、ケイちゃんと高級ワインのボトルを見つつ、今はどんなワインが入荷しているか、おすすめは何か中野さんに教えてもらう。
「月末だから、棚がガラガラですけどね」と中野さんは苦笑する。
ワインの売れ行きは給料日に直結しているらしい。
「カーヤちゃん、機内誌の取材でカリフォルニアに通っているもんね。それでこの店が気に入ったんだね」とケイちゃんが言う。
「カリフォルニア以外にも、ブルゴーニュ、イタリアも未知の世界だから、こうして教えてもらいながら勉強しているんだ」と返す私。
「店にいらっしゃるときは昼が多いですけど、仕事があるからって、二杯くらいしか飲みませんよね」と合いの手の中野さん。
あ、昼酒しているのバレちゃった。でも、これも「勉強」だからしかたない。
中野さんのセレクトは希望する金額が3000円でも、5000円でも、びしっと筋の通ったワインを飲ませてくれる。
この日は、ワシントン「チャールズ・スミス・ワイナリー」の2017年メルロー、カリフォルニア・ソノマ「ランドマーク・ヴィンヤーズ」の2017年シャルドネと、2016年ピノ・ノワールという三本。
まずはしっかりと冷えたシャルドネを大きめのグラスについでもらう。
「日が出てるうちに飲む冷たい白ワインほど贅沢な酒はないと思うわ」
「ワインってさ、香りをかいでいると、飲むのがもったいなくなっちゃうんだよね」
そんなことをそれぞれがつぶやきながら口をつけると、「あー」と絞り出すように感嘆するケイちゃんは、「沁みいるねぇ。三度の飯より酒がいい」とうっとりとする。
「樽の香りが効いているけど、きれいに酸がたっている。ナパより冷涼なソノマだからこそですよね」という中野さんの解説を聞きながら、「今日、ばたばたしてみそ汁しか飲んでないから味わい深いわ」と私もうっとり喉を潤わす。
続いて注いでもらったピノ・ノワールを飲むと、「もうやだ、抱え込んでひとりで飲みたい」とケイちゃんは悶え、ワシントンのメルローを飲むと「やだ、これがぶ飲みできちゃう」と喜ぶケイちゃんに全面同意した。
ヴィンテージは2016年なのに果実のフレッシュ感がいきいきしている。
「こんないいワインがスタンディングで飲めるというのもいいですねぇ」
「本当は椅子があるのですが、カウンターの高さに合わないんです(笑)」とケイちゃんと中野さんが話していると、仕事の関係で遅くなった担当編集の二十代男子Kが到着した。すぐさま三種類のワインを飲んでもらうと、
「うわ、カリフォルニア、うまっ。え、これはワシントン?」という新鮮なアクションを聞いて、私はすっかりご満悦。
「カリフォルニアは気候がワイン造りに適しているし、醸造技術もあるの。誤解の多いワインだけど、もっとみんなに魅力を知ってもらいたい」と私が言う。
「ワインの味わいには土地柄、造り手の想い、すべてが詰まってますからね。みなさんわかってくれますよ」と朗らかな笑顔の中野さん。
ああ、こういう人の存在がワインを選んでくれると頼もしい。これからもこの店に通おうと強く思った。
「さて、そろそろ行きましょう。次の予定がありますよね」
自分が遅れてきたのを棚に上げ、編集Kが言い放つ。
しかしそうなのだ。この後は、西荻窪の方にある公園に行って、ケイちゃんに夕日を見せるというミッションがあるからボヤボヤしていられない。
時間はもう16時40分近く。日没は17時。
果たして間に合うのか?
――つづく。
文:岡田カーヤ 写真:野村恵子