日付も変わり、青春18きっぷは役目を終えた。最終目的の堺魚市場を目指して、歩く。冬の夜をおっさん3人はとぼとぼ歩く。その距離、約4km。暗い夜道を黙々と歩く。15時間の各駅停車の旅の後である。オーバー40の身体に、さすがにこたえる。いったい、どこに向かっているのか。何のために堺まで来たのか。だんだん、わからなくなってきたなぁ。
堺といえば、仁徳天皇陵などの古墳群が有名で、世界遺産に登録されたばかりだ。駅もさぞかし古墳フィーバーに湧いているに違いない。
と思ったらさすが大阪、ちゃんとボケてくれるのだ。
ほかにもカニ鍋、カニ爪フライ、カニ飴など、カニカニカニ、紙でつくられた料理があちこちに展示され、本当に駅構内で文化祭をやっているみたいなのだ。
カメラマンのガリガリ君も呆気にとられたような顔で言った。
「僕、大阪出身ですけど、こんな駅初めて見ました」
「俺も……」
「なんかこの旅、最初から最後までシュールでしたね」
痛風エベが駅員さんにいろいろ訊いた後、僕らのところに戻ってきて言った。
「天ぷら屋は南海線の堺駅の近くで、歩いて30分ぐらいだそうです」
「30分か。微妙ですね。タクシーで行きますか?」
「いや、青春18きっぷの旅だから歩きましょう」
「はあ」
わかるような、わからないような……。
それより、出立時は痛風のために足を痛々しく引きずり、僕たちの歩行を著しく妨げていた男が「歩こう」と言ったことに心が震えた。エベの足元を見れば、いつの間にかスニーカーの鳩目(靴紐を通す穴)すべてに紐が通っている。今朝は全部の穴から紐を外さなければ靴が履けなかったのに、旅を続けるうちに腫れが引いていって、ひと穴ずつ紐を通せるようになり、最後の最後でとうとうすべての穴を制覇したのだ。ジャジャジャーン。脳内に鳴り響く『ロッキー』のテーマ。エイドリアーン!
やはり18きっぷは青春の旅なのだ。旅は若者を成長させるのだ。痛風の足まで治すなんて。ってなんで青春の若者が痛風やねん!
いや、年齢は問題じゃない。アメリカの詩人も言っている。青春とは心の持ち方だ。行こう。最後まで。タクシーなんて使わず、己の力で、自らの足で、真のゴール、謎の天ぷら屋まで!
「……もう30分ぐらい歩いていません?」
「ちょっと待ってください」とエベ。スマホで地図を検索した後、「ええ?」と小さく叫んだ。
「なんだよこれ。まだまだありますよ。ああ、タクシーに乗ればよかったな。ちくしょう」
スマホ画面の青色LEDのせいか、エベの顔色が冴えない。
「大丈夫ですよ、夜中の町歩きも楽しいですよ」というフォローを、僕もガリガリ君も一切せずに黙々と背中を丸めて歩いた。普通列車に終日揺られたあげく夜中を過ぎ、青春真っ盛りの若者たちもさすがに疲れ始めていたのだ。本音を言えばタクシーに乗りたかった。結構切実に。
結局1時間ほど歩いてようやく件の店が入っている「堺魚市場」が見えてきたのだが、そこには予想外の光景が広がっていた。
――つづく。
文:石田ゆうすけ 写真:阪本勇