郷愁をそそる味と店構え。そして拝みたくなるような価格設定の「三島屋」。東京都立浅草高校夜間部(正しくは、昼から夜の授業を担当する三部制B勤務)国語教師、神林桂一さんによる浅草エリアのランチ案内です。足を運んで、食べて選んだ自作ミニコミ「浅草ランチ・ベスト100」より、甘味処の名物を紹介します。
つくばエクスプレス「浅草駅」、東京メトロ日比谷線「入谷駅」「三ノ輪駅」のどこからも10分以上歩く場所、𠮷原裏の「せんわ通り」に、1軒の甘味処がある。それが“粉ものの聖地”「三島屋」である。
昨今、もんじゃ・お好み焼きの値段が高すぎるとお思いの方は多いのではないだろうか。庶民の味だったはずなのに、月島の各店のおススメを見ると、だいたい1,400円前後だ。その点、浅草は、まだ良心的だと思う。人気御三家の基本のもんじゃと人気もんじゃ、基本のお好み焼きを比べてみよう(各店HP等による)。
① 「つくし」:切いかもんじゃ680円(人気980円)・五目天800円
② 「ひょうたん」:江戸もんじゃ650円(人気1,300円)・江戸天650円
③ 「七五三」:切いかもんじゃ780円(人気980円)・豚玉天730円
しかし、見よ! 「三島屋」の黄金のラインナップを。「今川焼」80円・「お好焼」300円・「たこやき」350円・「やきそば」300円・「そばもんじゃ」350円と、まさに昭和の値段設定なのだ。最近の消費税増税でも、「たこやき」が50円値上がりしただけだ。
「三島屋」は、1950年に先代が南入谷で今川焼とアイスキャンディを売り始め、1954年に現在の地に移る。今川焼は現在80円。十勝産小豆をじっくり4~5時間炊く餡子が自慢だ。
今川焼は、江戸時代後期に神田今川橋辺りで売り出されたのがルーツだという。他店のものと比べて少し小さめに思うかもしれないが、実は大判焼きが一般的になる以前は、このサイズが標準だった。今では逆に貴重な存在なのだとか。しっとりふわふわしており甘さは控えめ。甘いものは苦手な僕でも2、3個はペロリだ。
一番人気は「たこやき」だという。たこ焼きは、1935年に大阪「会津屋」で生まれる。明治から大正にかけて流行したラジオ焼き(スジ肉を入れる。ラジオはハイカラなイメージから名付けられたとか)から明石焼き(江戸時代後期に誕生といわれる)を参考に改良したものだ。「三島屋」では、なんと9個350円! 過去に「食べログ」東京たこ焼き部門で1位になったことがある。ちなみにチェーンの「築地銀だこ」は8個592円(店内飲食の場合)だ。
「もんじゃ」は、江戸時代の屋台で誕生した「文字(もんじ)焼き」がルーツだ。鉄板に生地で文字を書いて遊んだからだという。それが訛って「もんじゃ」になったので、「もんじゃ焼き」では重言(二重表現)となり、本来はおかしい言い方だ。その後、駄菓子屋に導入されるが、現在のような「もんじゃ」の発祥は浅草だと言われている。
「もんじゃの流派に二派あり」という有名な説があるが、ここにはカラクリがある。その説とは、浅草流は「具材と生地を混ぜて一挙に鉄板に広げる」、月島流は「具材を炒めて“土手”をつくり、その中に生地を投入する」というものだ。月島派は、昔は鉄板にフチがなく、テーブルとの間にスキマがあったので、土手をつくらないと流れ出てしまったのだと主張する。しかし、そもそも「駄菓子もんじゃ」の時代には、土手をつくるほどの具材は入っていなかった、物理的に作れなかったのだ。具材を2本のヘラでカンカンカンカンと刻みながら炒め、土手を作るという見栄えがする演出は、実は1980年代に月島の「観光もんじゃ焼き」が広めたものなのである。
「三島屋」のそばもんじゃは、1人前のステーキ用の鉄板で提供される。ご主人である平原健一さんの弟さんが、洋食屋を辞めた時のものを再利用したという。それを先割れスプーンで食べる。これも、単に食べやすいからという理由だ。「もんじゃは鉄板に広げ、焦がしながらハガシにくっ付けて食べるものだ」と正論をおっしゃる方。「てやんでぇ! やきそば・キャベツ・切イカ・干エビ・生卵・紅ショウガ・アオサが入って350円。ボリュームも満点だ。庶民の食べ物、四の五の言わず食ってみやがれ、べらぼうめ!」(失礼!)と声を大にして言いたい。
もんじゃから派生し、明治末期に下町で屋台のお好み焼き屋が登場する。それを子どもは「どんどん焼き」と呼んだ(ドンドンと太鼓を叩きながら売りに来るので)。当時は具を上に載せる「のせ焼き」だった。関西の方には申し訳ないが、お好み焼きの発祥も東京下町と言われている。現存する最古のお好み焼き屋は、1937年創業の浅草「染太郎」だ(近代食文化研究会『お好み焼きの戦前史』〈Kindle版・2018年〉が詳しい)。
関西にお好み焼きが広まるのは昭和になってからだ。大阪は1937年創業「以登家」(閉店)、広島は1950年創業の屋台「みっちゃん」が元祖だという。そして、大阪では「混ぜ焼き」、広島では「重ね焼き」として進化していく。
「三島屋」の「お好焼」は、キャベツ・紅ショウガ・切イカ・干エビ・アオサ入り。縁日の屋台で見かける平たいタイプだ。ふわふわの関西風に比べると、粉っぽく感じるかもしれないが、これが関東流である。
「やきそば」はキャベツと揚げ玉のみでシンプル。「ソース焼きそば浅草発祥説」については、当シリーズ「「浅草ランチ案内 ⑪」の「デンキヤホール」の中で紹介した。
飲み物も、缶ビール・缶チューハイ350円、コカコーラ・白牛乳・ラムネ100円等と町の売店や自動販売機よりも安いものもある。
「三島屋」は、平原さんを中心に、平日は姉の杉浦由美子さん、土日は姪の佐藤由香さんがという2人体制で営業している。持ち帰りの方が多いが、店内での飲食も可能だ。4人掛けのテーブル3卓とカウンター3席。
広い厨房には、今川焼30個・やきそば・お好焼3枚・もんじゃ3枚・たこやき224個を焼くことが可能な鉄板が並ぶ。
地元密着型で、正午の開店と共に全鉄板が稼働する。ひっきりなしにお客さんが訪れるため、おふたりは常に厨房で何かつくっているのだ。そのため、店には「基本セルフでの特別ルール」がある。「注文は大声で厨房に通す。テーブルもウォータークーラーの上の布巾を使い自分で拭く。水もセルフ。酒やドリンク類は勝手に冷蔵庫から出して自己申告する。」等。
東京下町で誕生した今川焼・もんじゃ・お好み焼き・やきそば、関西代表たこやきを激安で提供し続ける「三島屋」。最初に「粉ものの聖地」と言った意味がお分かりいただけただろうか。
平原さんは、「先代のころからお客さんになるべく安く提供することを第一に考えて続けてきました」とおっしゃる。庶民の味方、下町の良心、浅草の誇りを体現した奇跡の店がここにあるのだ。
ちなみに、故郷が新潟県三島郡(さんとうぐん)なので、店名は「さんとうや」だったのだが、客が「みしまや」としか読まないので、いつのまにか「みしまや」になってしまったのだとさ(チャンチャン!)。
文:神林桂一 写真:萬田康文