「オステリア ジョイア」の飯田博之さんは、その道30年になるワインソムリエだ。自身の畑で野菜を育てている農夫でもある。一人二役で精力的に店を営む秘訣は、毎日の日課でもある畑仕事にあるそうだ。
前菜と白ワインを愉しんだ後、もう一品ペアリングをさせてもらうことにした。選んだ料理は「ランド産ほろほろ鳥のロースト」。ワインは、タンニンが喉にからむ、濃厚で重たい赤ワインをオーダーした。
オーナーソムリエの飯田博之さんは、ワインセラーから赤ワインを2本選んだ。それぞれをグラスに注ぎ、試飲して1本を選択。そのままテーブルに届けてくれるのかと思ったが、そうではなかった。厨房の小林浩二シェフに声をかけると、ワインを注いだグラスをワインセラーに戻したのだ。
「シェフに料理ができ上がる時間を確認しました。ワインの温度や、料理とのタイミングがベストになるよう、テーブルへお届けすることを心がけています」
料理がテーブルに届く直前、飯田さんはワインセラーにしまったグラスワインを運んできた。
「ピエモンテ州にある『カンティーナ・ジャコモ・ヴィーコ、カナーレ・ダルバ』というワイナリーの『ロエロ 2010』です」
こちらが望んだ通りの濃厚で重厚な赤ワインだった。
「ランド産ほろほろ鳥のロースト」には、今朝、飯田さんが摘んできた野菜がふんだんに添えられていた。黒キャベツとも呼ばれる、カーヴォロネーロの上に、蕪やロマネスコ、カリフローレが盛られている。ほろほろ鳥は皮がパリパリにローストしてあり、香ばしくて食感も愉快だった。
ほろほろ鳥がメインの料理だが、畑の野菜がメインの向こうを張っていた。味もボリュームも存在感もほろほろ鶏に肉迫している。
自家菜園があるからこそ旬を迎えた畑の野菜を、惜しみなく、ふんだんに使えるのだ。シェフにしても、食べる側からしても贅沢の極みと言って過言ではない。
「オステリア ジョイア」は“畑の野菜を使った料理とワインで客に喜んでもらいたい”という願いを込めて、飯田さんが命名したそうだ。
手許の辞書を見るとosteriaには“居酒屋”“飲食店”、gioiaには“喜び”という意味がある。
畑で野菜を収穫する農夫と、店でワインの知識を巡らせるソムリエ。一人二役をこなす飯田さんの話を聞いていると、ある人物の言葉が頭をよぎった。
「osteriaの語源はラテン語のhospite。本来“客をもてなす人”という意味だったhospiteが、“人をもてなす場所”の意味でも使われるようになった」と語るのは、高田馬場にある「リストランテ文流」の会長、西村暢夫さん。『伊和中辞典』(小学館)の編集者のひとりでもある。
西村さんはこう続けた。
「hospiteは、その後さらに意味が拡大して“修道院にある病人のための部屋”となり、ospedale(病院)という言葉に派生した。ospedaleとosteriaは同じ母から生まれた双子の姉妹のように、前者は医療や看護によって病人をいたわる場所となり、後者は郷土料理やワインで地域の人々や旅人を手厚くもてなす場所となった」
つまり、osteriaは単なる居酒屋でも飲食店でもない。その根底には、“人を手厚くもてなす”という意味が込められていることを忘れてはならないのだ。
料理に使う野菜はすべて手づくりし、200種類を超えるワインで客を愉しませる「オステリア ジョイア」と“osteria=手厚いもてなし”という言葉の印象が、ピタリと重なった。
飯田さんのもてなしは、イタリアンの枠をも飛び超えている。
「ジョイア」を創業する以前から、飯田さんは有志を募って料理とワインのペアリングを愉しむ会「セラータ」を不定期で企画してきた。2020年2月末に開かれたセラータは、178回目だ。
「テーマはいつもサプライズです(笑)。イタリアン以外にも、和食と日本酒だったり、中華と紹興酒だったり。最近は小林シェフに料理を考えてもらって、それに合う酒を自分が考え、集まってくれた方にいろいろな組み合わせを愉しんでいただいています」
普段とは違うテーマでペアリングを考えるのは、シェフとソムリエにとってハードルが高いかもしれない。けれど、新しいことへの挑戦は、引き出しを増やすことができるだけでなく、自分たちのスタンスを広げることに繋がると飯田さんは確信している。
「2月のセラータは満席です。電話をいただければ、次回のセラータの開催日をお知らせします」
飯田さんは、なぜこれほどバイタリティに溢れているのだろうか。その答えは畑にあると、彼は言う。
「疲れているときや調子が悪いときに畑へ行くと野菜から元気をもらえるんですよ。元気で健康な野菜は葉っぱがピーンとしていて、活き活きしているのがひと目でわかります。そんな野菜を見ると自分も元気になるんです」
日々元気をもらっている野菜は、飯田さんにとっての“gioia=喜び”なのかもしれない。
――おわり。
文:中島茂信 写真:湯浅亨