「オステリア ジョイア」の料理には野菜がふんだんに使われている。華やかな香りと生命力あふれる佇まいは、もはやメイン食材並の存在感。毎朝、畑で収穫する野菜たちだ。畑仕事をしているのはオーナー兼ワインソムリエの飯田博之さんである。
若い頃は野菜を旨いと思って食べた記憶がほとんどない。ところが、年齢とともに四季折々にしか味わえない滋味深さや甘さに感動を覚えるようになった。
野菜好きになったのは、ある店と出会ったことも少なからず影響していると思う。鎌倉の「オステリア ジョイア」だ。
店で供される料理には、オーナーソムリエの飯田博之さんが自家菜園で育てた野菜やハーブが使われている。
毎朝、飯田さんが畑から収穫しているので、旬の野菜はもちろん、市場では見かけることがない珍しいものを使った料理がテーブルに並ぶ。
ときには種を料理に使うこともある。
数年前の初夏、飯田さんが緑色の小さな粒を散りばめた料理を運んできたことがあった。まるで香水の蓋を開けたような甘い香りが立ち上っていた。緑色の小さな粒が香りの正体だった。聞けばフェンネルの種だという。
「まだ香りが立っている青いうちに摘んできます。収穫できるのは1年の中でも1週間ぐらいかな」と飯田さんは教えてくれた。
芳列な香りがいまも鮮やかに思い出される。
1月中旬の、ある日。メインの「サワラのソテー」には、にんじん、ブロッコリー、カリフラワー、アスパラ菜の花、ほうれん草が添えられていた。
主役の食材よりも、野菜が存在感を放っているのが「ジョイア」の料理の特徴だ。この料理で一番感動したのはにんじんだった。グラッセしたのではないかと思うほど甘味を含んでいた。
「野菜は寒さで凍らないように甘さを増します」
飯田さんはソムリエとして料理やワインをサービスしているが、畑では農夫として畑仕事に励んでいる。
「ジョイア」の畑には何度も足を運んでいるが、久しぶりに農夫の飯田さんに会いたくなった。
ある朝、飯田さんが野菜を育てている畑へ向かった。
「今年のカリフラワーは素晴らしいできです」と言って飯田さんは目尻を下げた。
年末年始を超えたこの時季は、カリフラワーのほか、ブロッコリー、ロマネスコ、カリフローレ、赤にんじん、白にんじん、紫にんじん、あやめ雪蕪、下仁田系の長ねぎが収穫期を迎えていた。
畑がある鎌倉郊外の高台は、鎌倉野菜の産地として知られている。温暖な気候と、ミネラルを多く含む土で野菜が養分を蓄えて育つことから、鎌倉野菜の人気は近年ますます高まっている。
畑の広さは計600坪。天気がいい日は富士山が望めるこの畑で、年間100種類ほどの野菜を育てている。
「カリフローレはカリフラワーの仲間です。よく似ていますが、重さがまったく違うんです。生でも食べられますが、火を入れるとグッと甘くなります」
カリフラワーは白いつぼみがぎっしりと詰まっているのに対し、カリフローレのつぼみはふわふわしている。
実の周りには瑞々しい葉が生えているが、カリフラワー系の葉は苦味があり食材として使うことはあまりないそうだ。
「ブロッコリーや芽キャベツの葉は料理に使うことがあります。生で食べるのではなく、筋をきれいに取り除いたものを煮込むと野生味のあるソースになります」
葉付きのブロッコリーをスーパーで見かけることはあっても、芽キャベツの葉を見る機会はほとんどない。ひとつずつばらして売られるからだ。
市場価値がほとんどない野菜の葉でも、自家菜園があれば料理人の腕とアイデア次第で一品として提供できるというわけだ。
自家菜園のメリットはまだある。市場に出回っていない珍しい野菜を、自分でつくってしまえることだ。
たとえば、ロマネスコは最近では珍しくなくなったが、飯田さんは10年前から作付けを続けてきた。
「当時はまだロマネスコの種が流通していなかったので、個人で輸入していました。想い入れと愛着のある野菜です」
――つづく。
文:中島茂信 写真:湯浅亨