「オステリア ジョイア」の畑とワインのこと。
「オステリア ジョイア」と朝採れ野菜。

「オステリア ジョイア」と朝採れ野菜。

鎌倉駅前にあるイタリアン「オステリア ジョイア」オーナーの飯田博之さんは、毎朝、畑仕事をしてから店へと向かう。自身で収穫した野菜を店に運び、シェフが調理して客に供する。ここは野菜が主役のレストランだ。

自家菜園なので決まりはない。

農夫でもある「オステリア ジョイア」のオーナーソムリエ飯田博之さんには、畑仕事のモットーがある。国内で流通していない野菜の作付けに挑戦したり、定番の品種でも収穫時期を変えることで、ほかでは味わえない野菜を店で提供しようと心掛けているのだ。
「うちの畑には決まりがありません。野菜を市場に出荷する農家と違って、自由な発想で育てることができます。市場に流通する前の、小さな野菜を摘むこともあります。ブロッコリーやにんじんは若い芽がとても柔らかいですよ」
決まりがないのは、畑仕事に限ったことではない。「ジョイア」ではシェフがつくる料理からワイン選びやサービスまで、窮屈なルールをつくらないようにしているそうだ。

菜の花はスーパーに並んでいるものと違って綺麗な黄色い花を咲かせていた。

野菜をつくり始めたキッカケはどんなことだったのか、飯田さんに訊いてみた。
「30年ほど前、僕は鎌倉市内にあるイタリアンレストランの支配人をしていたのですが、店は今にもつぶれそうな状況でした。存続させるには、ほかができないことをやるしかない。そう考え、10坪の畑でハーブをつくり始めたのです」

野菜の収穫時期や栽培方法を自分で決められるのも自家菜園の強み。間引きをした小さな野菜も大切な食材になる。

現在の畑で野菜づくりを始めたのは、それから10年ほど経ってから。この畑では、農薬を使わずにやろうと決意して、近隣の農家に教えを請いながら、試行錯誤で野菜の露地栽培に取り組んだ。
ちょうどその頃、飯田さんを取材したことがある。畑には農作業専門のアルバイトがひとりいたが、レストランの人間は飯田さんだけだった。
なぜ店の従業員に畑仕事を手伝わせないのかと飯田さんに尋ねた。すると「そんなことをさせたら疲れて仕事になりません。畑仕事は自分だけでやっています」という答えが返ってきた。

畑の野菜をひとつひとつ紹介してくれる飯田博之さん。土にまみれた手は農夫のそれだ。

2010年、飯田さんは独立を果たし、「ジョイア」を開店。その際、それまで自分が世話をしてきた畑も引き取って、野菜をつくり続けている。
飯田さんがやっていることはずっと変わらない。動きやすい地下足袋で畑を縦横無尽に歩き回り、野菜の世話をし、収穫する。ときにトラクターで土を耕す。肥料はいまも昔も自家製。養豚場から貰ってくる豚糞を2年発酵させてつくった有機肥料で野菜を育てている。
変化があったのは、むしろ飯田さんの周辺かもしれない。
「ジョイア」で食事をした人が飯田さんの野菜に興味を持ち、畑仕事を手伝ってくれるようになったのだ。調理師学校の卒業生、料理人、主婦、サラリーマンが入れ代わり立ち代わり畑に立つようになった。中には6年以上ボランティアを続けている人もいるという。

畑で育てているのは、甘味が強い鎌倉野菜が中心。

飯田さんのもとには「ジョイア」シェフの小林浩二さんから、収穫してきてほしい野菜のリストがメールで届く。今朝はロマネスコと長ねぎを採ってきてほしいという内容だった。小林シェフのオーダーに従いつつ、収穫できそうな野菜を摘むのが、飯田さんの日課だ。
「基本は野菜が一番瑞々しいタイミングで摘むようにしています。ときには収穫時期をずらすことがあるのですが、調理次第では違った魅力が出てくることもあります。野菜はそれが愉しいんですよ」

収穫を終えた飯田さん。多いときはこの4倍も収穫するそうだ。

2時間ほど畑仕事をしたら、摘んだばかりの野菜を幌付きの軽トラックに積み込み、店へ向かう。
到着するのは11時頃。厨房ではランチの仕込みの真っ最中だ。土付きの野菜を小林浩二シェフに渡したら、飯田さんは農夫からオーナーソムリエに変身する。

軽トラックに野菜を積み込み、店へと向かう。

農夫とシェフとワインソムリエ。

店では野菜の土を洗い落とす準備が整っていた。

「以前働いていた店では野菜を仕入れていたので、土付きのものを洗った経験がありませんでした。ひと手間かかりますが、鮮度が抜群なので料理の幅が広がります」と小林シェフは胸を張る。
年間を通して四季折々の自家栽培野菜を提供することは、ほかの店ではできない強味だ。その一方、小林シェフが初めて手にする野菜も少なくない。
「初めて料理に使う野菜の場合、どのように料理すればいいのか、オーナーに訊きます。生で食べて試作をしてから、既存の料理に応用したり、まったく新しい料理にすることもあります」

小林浩二シェフは以前、客のひとりだった。「オステリア ジョイア」の野菜に衝撃を受け店の門を叩いた。

この日、小林シェフはロマネスコを料理のつけ合わせに、長ねぎは「長ねぎのジェノベーゼスパゲッティ」に使われた。バジリコでジェノベーゼをつくる要領で、長ねぎと松の実をミキサーにかけ、ペーストにしてパスタにからめたのだ。

見た目はジェノベーゼスパゲッティだが、和の香りが漂う。

バジリコでつくる本家本元のジェノベーゼと異なり、長ねぎの繊維を舌で感じながらも、ペーストにした長ねぎにはまったく違和感がなかった。味と風味に懐かしさを感じられて印象的だった。

「長ねぎのジェノベーゼスパゲティ」は1,300円。

小林シェフがこの料理を完成させたことで、飯田さんの目の前には高い壁が立ちふさがっていた。どんなワインを選ぶべきなのか、ソムリエとして悩んでいたのだ。
ねぎ風味のパスタにどんなワインを合わせるべきなのかなぁ。ハードルが高いです」
結果として、飯田さんはねぎの風味と見事なマリアージュをするワインを選ぶのだが、ペアリングの話の前に飯田さんのソムリエとしての経歴を述べておきたい。

――つづく。

飯田さんがワインの道へと進んだのは30年前に遡る。

店舗情報店舗情報

オステリア ジョイア
  • 【住所】神奈川県鎌倉市御成町13‐40ヒラソル鎌倉1A
  • 【電話番号】0467‐24‐6623
  • 【営業時間】11:30~14:30(L.O.)、18:00~21:30(L.O.)
  • 【定休日】水曜、第2・第3火曜
  • 【アクセス】JR・江ノ島電鉄「鎌倉駅」より3分

文:中島茂信 写真:湯浅亨