2019年4月に登場した国産そば粉のガレットと国産シードルの専門店では、どんなランチが味わえるのか?東京都立浅草高校夜間部(正しくは、昼から夜の授業を担当する三部制B勤務)国語教師、神林桂一さんによる浅草エリアのランチ案内です。足を運んで、食べて選んだ自作ミニコミ「浅草ランチ・ベスト100」から「西洋料理・洋食」部門の1軒を紹介します!
1976年、渋谷公園通りの駐車場の一角にクレープのワゴン型実験店舗が開店する。その名は「マリオンクレープ」。1977年には、まだ無名だった原宿竹下通りに「カフェクレープ」と「マリオンクレープ 2号店」が開店。フランス発祥のこの新スイーツは、たちまち雑誌やテレビで話題となり、「原宿=クレープ」というイメージが定着する。それから40余年。「マリオンクレープ」は全国に約80店を展開している。
僕も多くの日本人同様、「原宿クレープ」によってクレープを初体験する。渋谷で大学生活を謳歌していた1977年だ。そしてそれ以来、店でクレープを食べていないのだ(高校文化祭の出し物は別)。それくらい、僕のような呑兵衛にとっては、クレープは「女性の食べ物」という印象だったのだ。
一方、ガレットは正反対と言える。僕がガレットと出会ったのは、1982年に新婚旅行でヨーロッパを訪れた際、スイス・ジュネーブのとあるクレープリーにおいてだ。ガレットという名前すら知らなかったのだが、『地球の歩き方』(ダイヤモンド社)か何かで下調べをし、「そば粉の甘くないクレープ」を食べに行った。日本人どころか観光客も来ない、地元客ばかりの店で出会ったガレットは、僕の知っているクレープとはまったく別物で、あまりの美味しさに2人でワインを2本空けてしまった。
クレープもガレットもパンケーキの仲間だが、クレープが小麦粉を使った両面焼きのスイーツなのに対し、ガレットはそば粉を使った片面焼きの食事系だ。フランスでは2月2日は「クレープの日(シャンデレール)」だという。
日本に入ってきたのはクレープの方が早いので、クレープの方が古いのかと思ったら、実はガレットの方が先だった。
ガレットの発祥はフランス・ブルターニュ地方。雨が多く土地が痩せていて小麦栽培に適さないこの地方に、中国原産のそばがイスラム経由で十字軍によって持ち込まれ定着した。小石(ガレ)で焼かれたことから名付けられたガレットは、そば粉・水・塩だけの素朴な郷土料理で、パンが普及するまで数世紀もの間、主食として食べられていた。
そのガレットを気に入ったルイ13世の妻アンヌ王妃が宮廷料理に取り入れ、小麦粉・バター・鶏卵・砂糖などが加わりクレープへと変化する。クレープとは縮緬(ちりめん)状の表面から「絹のような」という意味だ。小石と絹、庶民と貴族……僕はやっぱりガレットの方が好きだなぁ。「世界3大そば料理」を選ぶとすれば「日本そば・ガレット・平壌冷麺」だろう。
そして、ガレットの最高のパートナーが、やはりブルターニュ地方発祥のシードル(リンゴの発泡酒)だ。
「ガレットとシードル」との相性の良さに匹敵するのは、僕の中では「餃子とビール」「赤ワインとブルーチーズ」「熱燗と莫久来(ばくらい・ホヤとコノワタの塩辛)」「シングルモルトウイスキーとハギス(羊の内臓料理)」「芋焼酎と鹿児島とんこつ料理」「泡盛と豆腐餻(とうふよう)」「下町焼酎ハイボールとモツ焼き」ぐらいだ。
近年、ガレットは女性を中心に人気がある。そんな中、革新的創作和風ガレットの店が浅草に登場! その名は「フルール ド サラザン」、「そばの花」の意味を持つ。純白で小さなそばの花が一面に広がっていくように「人と人とを結びつけ、生産者の気持ちと共に、ガレットとシードルとを広めていきたい」という思いのこもったネーミングが美しい。
シェフの玉越幸雄さんと奥さんの友香さんのこの店への道程は、まさに二人三脚だ。同じ静岡出身のおふたりは、結婚後に上京。シェフは日本初のクレープリーとしてガレットを日本に伝えた神楽坂「ル ブルターニュ」(1996年開店)に10年勤務。うち5年間は、フランスに逆上陸したパリ店・ブルターニュ店でキッチン責任者を任され、ガレット職人として本場の技術や文化を吸収した。系列店で働いていた奥さんもフランスに同行し、シードルの醸造所で2年間働いていたというのだから凄い!
しかも帰国後、シェフは神田の手打ちそばの名店「眠庵(ねむりあん)」で1年ほどそば粉の仕入れや扱い、そば打ちの修業を積む。
そして2019年4月、いよいよ時が満ち、浅草に「国産そば粉のガレットと国産クラフトシードルの専門店」をオープンするのだ。最近「ガレットリア」という言葉も聞くが、これは本場の呼び方ではない。
シェフとソムリエ、板前と利き酒師という夫婦はいるだろう。しかし、ガレット職人とシードルのエキスパートというこの上ない取り合わせの夫婦は国内に他にいるだろうか?まさに最良・最強・完全・究極・至高・ファンタスティックなおふたりなのだ!
ガレットというと、正方形に折りたたんだものをナイフとフォークで食べるのが普通だ。 しかし、玉越シェフは、何とガレットを巻いてしまったのだ。「ソーセージを巻いたガレットもあるし、ラッパ状に巻いて手で食べる原宿クレープだってあるじゃん」というあなた。「チッチッチ」(人差し指を左右に振って舌打ち)、そんなレベルではないのだ。「フルール ド サラザン」では、海苔巻きのように巻き上げたガレットをひと口サイズに切って並べ、お箸で食べるのだ。これぞ創作和風ガレット!
手打ちそばの修業で知り合った全国の生産者から仕入れる厳選したそばの実を、店の入り口にある石臼で挽く。挽きぐるみ(全粒粉)は「黒ガレット」(お食事ガレット)に、更科粉は「白ガレット」(デザートガレット)に使う。共にそば粉100%、グルテンフリーだ。
日本そばとガレットとの一番の違いは、その風味だろう。本来、そばの味や香りは淡くデリケートなもの。玉越シェフは、生地を2~5日間ほど熟成させ、低温発酵することでそばの香りや風味をより引き出すことを狙い、生地を薄く延ばして焼く。焼くことによって香りも増すのだが、それを巻き込むことによって味と香りを封じ込めるわけだ。
しかも「濃厚そばだし」にちょっと浸して食べる。口の中でほどける凝縮されたそばの風味は、まさに「唯一無二」と言えるだろう。予約すれば、産地の違うそばの「利きガレット」もできる。
一方、友香さん担当のシードルもすごい。「シードルは甘ったるい女性向けの酒だ」と思っているあなた。「チッチッチ」、この店には味も香りも百花繚乱の国産クラフトシードルが30~40種類も揃っている。全国の生産者から直接仕入れているもので、飲み比べてみれば、目から鱗が何枚も落ちること請け合いなのだ。
しかも、シードルはポリフェノール豊富で、プリン体ほぼゼロという健康飲料だという。飲まないという選択肢はないやろ(鶴瓶風に)。
驚いたことに、この店はビールさえ置いていない。あるのはシードルとカルヴァドス(リンゴの蒸留酒)とブルターニュ産そばウイスキーのみと、徹底した「リンゴ愛」に貫かれているのだ。
おふたりは「ガレットもシードルも女性向きと考えず、ぜひ男性にこそ味わってもらって、その魅力を知ってほしい」とおっしゃる。まんまとその思惑にはまってしまった神林先生なのであった。
夜は、シャルキュトリー(食肉加工品)も学んだシェフの酒肴も味わえるシードルバルとしても楽しめる。僕も愛読している人気ブログ『つれづれ蕎麦』のYukaさんも訪れ、「革命的ガレット店」として絶賛しておられた。あなたの「未知の世界」が、ここにあります。魅力的なご夫婦の魅力的なガレットとシードルを、ぜひ体験してください。
文:神林桂一 写真:大沼ショージ、萬田康文