暖冬である。豪雪の地として知られる松代も地面が顔を出している。今年の米づくりに影響が出ることは必至だ。心配だ。雪はなくても、かの地には愛がある。情熱がある。宴がある。もしかしたら、人々のあったかさが雪不足の原因じゃないかと思えるほどに、熱い夜だった。
「青春18きっぷの旅」チームは、新たにdancyu web編集部の河野大治朗くんが加わり5人にふくらんだ。
棚田を後にしたぼくらはまず、温泉で体を清めてから、浅井忠博さんが運転する車に同乗させてもらい次の目的地に向かった。そしてついにいま、謎の店「カプチーノ」にたどり着いたのだ。
近くに寄ってみると建物も看板もでかい!米づくりでまつだい駅に降りたつたびに、その看板を目にして「いったいどんな店なのだろう」と気になって仕方がなかった。米づくり名人の小林昇二さんがこの店の話をすればすればすほどに、どんどん謎が深まり、好奇心がかきたてられていった「カプチーノ」。その扉を開くのは、ぼくの役目だ。さて、正体はいかに?
ドアから中に一歩足を踏み入れたとたん、あの懐かしい時代、昭和へと気持ちがいっきに引きこまれた。店内にはバーカウンターと広めの小上がりがあり、奥にゆったりとしたソファが並ぶ。その横に、むむむ、何だ、あれは?そうだ、カラオケ用のステージじゃないか。
カウンターの中でぼくらを迎えてくれたのは、白いシャツにネクタイ姿のマスターだ。ダンディである。懐かしのムード歌謡をクールに歌うプロ歌手のような雰囲気が漂っている。店を始めたのは昭和56年だそうで、正真正銘の昭和なのだ。もしかすると、この旅そのものが昭和へのタイムスリップだったのかとさえ思えてくる。
カプチーノは日本が一番元気だった1980年代にオープンして、不況と2度の大地震があった平成を経て、令和の現在まで営々と続いてきた計算になる。マスターによると、開店してから今まで2度、休業したらしい。その理由を問うと、笑ってはぐらかし答えてくれない。この店もきっと、いろいろな浮き沈みがあったんだろうなあ。
ぼくは小林名人おすすめの「豆腐ラーメン」を、今日はぜひとも食べてみたいとお願いした。するとなんと「豆腐はほかに具が何もなかったから試しに入れてみただけで、それほど味に自信はないんです。いまはメニューからはずしちゃった」と、すまなそうにマスターが言う。俺のラーメンを食ってみろ!というような店が多い中、なんて謙虚なんだろう。でも、こちらから頼み込むと、飲み終わる頃を見計らって、今回は特別に裏メニューとして出してくれると約束してくれた。
するとそこに、竹中想さんが登場。一緒に棚田バンクのスタッフで、女子サッカーチーム「妻有FC」のメンバーのおふたりも顔を見せてくれた。これで店内はますます賑やかに。
そうこうしているうちに、ついに小林名人が姿を現した。髭がぐーんと伸びて、棚田の仙人という面持ちだ。いつものようにひとりでカウンターに座ろうとするので、ソファに陣取ったみんなの輪の中に、むりやり引き入れた。
そしてまたしてもサプライズが。田植え、稲刈りに柏崎市から参加してくれた愛称リーダーこと、高橋宏和さんが登場したのだ。会社が終わってからすぐに車を飛ばしてやってきたという。リーダーという愛称がついたのは自前の作業着、長靴で参加して、まるでみんなのリーダーのように、慣れた手つきで田植え、稲刈りを率先垂範してくれたからだ。
いやいや今夜は嬉しいサプライズつづきだ。みんなと顔を合わせるのは、去年の稲刈り以来のこと。最初は東京駅を3人で出発し、そのまま「カプチーノ」で静かな夕食か、と予想していたのだが、蓋を開けるとこの大人数が集合した。「米をつくるということ。」大同窓会だ!
乾杯が終わると、もうあとは大騒ぎ。何を食べようかとメニューを見ると、見慣れない「メグピー」なるものがあった。これ何?ピーはピーナツかな、メグはメグミルクか?マスターが出してくれたのは、なんとピンク色のオリジナルカクテルだった。
「ピーはピーチ、メグは昔よく来ていた、めぐみさんというお客さんの名前からとった」という。めぐみさんは、いまどこに?マスターとの関係は?口まで出かかった言葉をのみ込んだ。こういうことを聞くのは野暮である。
大宴会もついにカラオケが飛びだすまで盛り上がった。まずは小林名人が先導を切り、渋い低音を響かせた。カラオケなどとうに卒業したはずのぼくも、久しぶりにマイクをとった。曲はやっぱり昭和にちなんで「ヨイトマケの歌」だ。わがボーカルはメロディとずれまくり部屋の空気を震撼とさせたが、ぼくにつづいた竹中さんの平成のJポップが救ってくれた。田んぼで鍛えた右脚で、床を激しくキックしながら声を張り上げる大迫力の熱唱に一同大喝采。いいものを見ました、いや聴きました。
ああ、酔いが回った。油淋鶏やら餃子やら、ボリュームたっぷりのマスターの心尽くしの料理をいろいろ食べた後、最後に豆腐入りのラーメンがテーブルにやってきた。旨い!と言いたいところだが、酔っぱらっていて実はあまり覚えていません。〆にピッタリの醤油味だったような……。また機会があれば、そのときはしらふでいただきます。ありがとう。
やがて宴が終わり、「カプチーノ」の外に出た。あれだけ大騒ぎしていたのに、みんな急に黙りこくり、真っ暗な足下を気遣いながら、トボトボとまつだい駅へと歩いていく。山里の冬の闇が肩にずっしりとのしかかる。みんなその重さに耐えるように歩いていく。
で、ぼくらはまつだい駅から電車で投宿先の十日町まで戻った。さらにぼくがむりやりみんなを誘って2次会となったらしいのだが(編集部注:2次会は十日町の〆の定番はカルビクッパということを耳にしたので「玄海」にて焼肉&カルビクッパを、さらに3次会はバー「ホワイトシャトー」に向かったのでした)、マティーニを飲んだような、飲まないような、記憶は遠い霧の中……。
こうして摩訶不思議な「カプチーノ版昭和の夜」は更けていったのでした。
――つづく。
文:藤原智美 写真:阪本勇