「ホットヨガに通い始めたら、米の減りが早くなりました」なんて利用者の声は絶対に広告には使われないだろうが、私は声を大にして言いたい。運動のあとに、顔より大きなおむすびを両手に持って、ばくばくと夢中で食べたらどんなにしあわせだろうか!
特にハードなパワーヨガの日、先生は「余計なことを考える隙間もなかったでしょう」と、ヨガマットに屍のポーズで横たわる我々を労った。しかし脳内には、ぎっしりと米粒が詰まっていた。ある意味では、隙間がない。そんな日に限って、どうして家を出る前に、米を浸水させておかなかったのか。今から帰って、研いで吸水させて炊いて蒸らすのを待つなんて、拷問だ。お菓子で空腹を紛らわせれば、空っぽでカラカラのお腹が、恵みの雨みたいに米粒を受け止める快感が薄れてしまう。結局私は、スタジオの目と鼻の先にある居酒屋に駆け込み、いきなり「おにぎりセット」を頼む、というソロ活を楽しんだのであった。「ソロ活」とは、ひとりで外食をしたり、お出掛けしたりを楽しむこと。それが抵抗なくできれば、自分の願望は簡単に叶えられる。
ヨガのきっかけは、友人の勧めだ。冷え性でむくみがちな私に、汗がドバドバ出てスッキリすると教えてくれた。ソロ活で地元のスタジオに行ってみると、確かにパンツが絞れるほど汗は出た。だがインストラクターから、運動後は吸収しやすいから、すぐに食事を摂らないように、と注意を受ける。私はダイエットのためにヨガをするのではない。ヨガの後の米をウメーウメーと言って、10代の頃に戻ったような、家計を逼迫するほどの健全な食欲を楽しみたいだけなのだ。
居酒屋のカウンターで、いきなりすじこのおにぎりを食べる、という難易度★★☆☆☆くらいのソロ活を楽しんでいると、隣の男性から「お姉さん、ひとり?」と声を掛けられた。ひとりである前に、私はおにぎりを食べている。いいか。大事なことは一度しか言わない。居酒屋のカウンターでしあわせそうにおにぎりを貪っているおひとりさまに気安く声を掛けるんじゃねぇ。私に一連の行動を焚きつけた『ソロ活女子のススメ』をカウンターに滑らせると、「大将、鮭と梅!」と追加を頼んで、おにぎりの続きに没頭した。
文:新井見枝香 イラスト:そで山かほ子